月刊全労連・全労連新聞 編集部

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自民党女性局によるフランス研修が話題になっていますが、ここでフランスの社会保障のあり方についての報告を緊急オンライン公開したいと思います。ぜひ研修の成果を政策に活かしてほしいですね。 『社会連帯は安心な生活の保障から─フランスの取り組みより』 フランス子ども家庭福祉研究者 安發 明子

1 社会連帯は安心な生活の保障から

 

 現在日本で世代間、世代内、地域間、さまざまな分断が生まれていることについて、筆者はフランスとの比較から図1のように考えている。安心して暮らせる生活保障があり、自由に発言できる環境の中で批判精神を持ち続けることができたら、市民性が育まれ連帯していくことができるのではないだろうか。土台の生活保障から順にフランスの取り組みを検討していきたい。

 

 なお、筆者はパリ市とその北にあるセーヌ・サン・ドニ県を調査フィールドとしている。特にパリ郊外に位置する後者は、移民の割合が非常に高く、左派政権が強いため福祉予算が他県に比べても多い。2020年の非課税世帯はパリ市の31.5%に比べ52%、貧困率はパリ市の15.4%に比べ27.6%である(1)。筆者は福祉が非常に盛んで活気がある様子に惹かれ調査を続けている。社会的背景には2020年のパリ市での未成年の犯罪の8割を、まだ滞在許可のおりていない外国出身の子どもが占め、強盗の3割の加害が彼らによるものであることなど(2)社会統合のために誰もが安心して暮らせる社会をつくらなければならないという意識が強くある。しかし、2022年の大統領選では41%を極右が勝ち取ったことをみても、フランスにおいても地域差がとても大きいことが窺えるため、パリとセーヌ・サン・ドニ県の様子は全国で共通とは限らない。

 

(1) 老後が安心であること

 

 年金改革に反対するデモが現在おこなわれていて、若い学生も家族連れもお年寄りも一緒に行進している。自分たちの暮らしを守る、あるべき国の姿に近づくべく年代を超えてともにたたかっている。

 


 

 フランスには老後の蓄えという概念がない。65歳以上はそれまで年金を納めていなくても、基礎年金を月14万1700円受け取る(3)。定年退職の平均年齢は62.4歳で、2020年の年金生活者は1680万人。1940年生まれの人は退職と同時に最後の給料の80%を年金として受け取るが、2000年生まれは62~68%になることが危惧されている(4)。フランスの65歳以上の年金生活者の平均月収は21万4400円で、3人以上子育てをした人は増額される(5)。比較のため、稼働年齢層の平均月収は38万8000円(2587ユーロ)である。ちなみに物価は日本の方がやや高く、フランスは生活保護費も最低賃金も平均賃金も日本の約1.5倍(6)である。


 65歳以上の相対的貧困率は日本が19.6%に対しフランスはOECDで一番低く3.6%(7)、65歳以上の男性の就労率は日本が33%であるのに対しフランスは3%である8。

 

(2) 高齢、障害、傷病は生活保護の対象ではない

 

 生活保護には65歳以上、障害と傷病は含まない。それぞれ生活保護以上の手当が存在するからだ。日本の生活保護受給者の55%が65歳以上であるのに比べると大きな違いである。最低限の生活費で人生を終えることがないというのは、尊厳を守るうえで重要な点ではないだろうか。


 障害のある人の雇用について、筆者が2000年代に生活保護ワーカーをしていたとき、1ヵ月フルタイムで働いて工賃が6000円ということがあった。交通費や昼食代の方がかかるので、生活保護を受けている障害のある人の中で働くという選択をする人は一部だった。自分の時間を誰かのために使うことについて、障害のある人もない人も同じなのに、その対価がここまで低い。日本の障害のある人の雇用について、就労継続支援A型は月収平均約8万円、B型は平均約1万6000円とされている。フランスでは障害のある人専用の、日本の作業所のような就労の場で最低賃金の55~110%という基準なので、20万3300円が最低賃金手取額であることから、11万1800円から22万3600円ということになる。公的機関は障害のある人の雇用が多いが、企業も障害のある人を6%雇う義務があり、障害のない人と給料の差別をしてはならず、賃金は当然最低賃金を割ってはならない。

 

(3) 必要な個人に福祉が届くこと

 

 福祉や制度があることにとどまらず、フランスにおいてはそれらを必要としている個人に届くことを目的としているので、届いていない人がいることは政策課題となる。連帯、障害者の自立省が去年開いた学会のテーマは「フランスとヨーロッパの社会保障給付金未請求について」である(9)。パリ市の広告にも「パリでは、みなさんが権利を利用できるようにすることが私たちの義務です」とある(写真)。社会保障や福祉のことを「皆に共通の権利」と呼ぶ。

 

「パリではみなさんが権利を利用することができるようにすることが私たちの義務です」 と書かれたパリ市広報

 

日本では社会保障が届いていないことについて「福祉を受けたがらない人がいる」と言うことがあるが、それは福祉が受けにくい制度になっているからである。例えばフランスの生活保護にあたるRSAは、個人単位であり、親族に知られることはなく、銀行照会も家庭訪問もない。筆者が福祉事務所で調査をしていたときに「母国で母が手術をすることになったので、全財産を送ったから生活費がなくなった」という若者がきた。ソーシャルワーカーが当面の生活費を用意する手続きを進める。「本当か確認しないの?」と聞くと、「どんな生活をし、どんなことで困っている人かまだわからない、だからこそまずはソーシャルワークできることが入り口」と言う。つまり、生活保護や現金給付をきっかけと捉えている。実際には問題はお金だけではないことの方が多いとも言う。またあるときは、ある夫婦が20代の息子が家でゲームをしていて外に出ないことで相談にきた。息子に連絡し、一人で生活保護を受ける権利があることを伝え手続きを進める。両親が豊かな暮らしをしていることと、息子が社会生活に結びついていないことは分けて考えている。ソーシャルワーカーは「息子にソーシャルワークと生活費があることで、親子の間の葛藤を防ぐことができる。一番避けるべきなのは孤立。息子に生活費がありソーシャルワークを受けていることで、親は息子の自立について心配する必要がなくなり、いい関係を維持することができる。親に抱えさせると、家族丸ごと孤立するかもしれない」と言う。家族と暮らしていても、パートナーと同棲していても、誰にも知られることなく生活保護を受けることができ、そのことでソーシャルワークを受け、困難がある状況を解決するのを支えてもらうことができる。


 働けるのに生活保護を受け続けることがないのは、活動奨励金の制度による。少しの収入であったとしても、生活保護より手元に入る金額は増える。最低賃金の3分の1の月収6万円で奨励金が4万円、手元に入るのが10万円、最低賃金の半分の月収で10万1600円、奨励金が5万円、手元に入るのが15万1600円と生活保護を大きく上回っていく。たくさん稼げば稼ぐほど暮らしが良くなるため、より多く稼ぐ動機になり、445万世帯が対象となっている。生活保護か経済的自立かの二者択一ではなく、フランスの制度はもっとなだらかになっている(10)


 調査の中で印象的だったのが、見かけない親子が入ってきたとき、それを迎える若手職員を送り出す同僚の言葉が「手ぶらで帰すんじゃないよ」であったことだ。何かしら期待して来所したのだからそれを汲み取り、一緒に解決するのがソーシャルワーカーの使命であり、制度の説明に終始したり、条件に合わないとして帰すことがあってはならないということである。ソーシャルワーカーをはじめとする専門職が、福祉が行き届いていることを保障する役割を担うのだ。


 必要な人に福祉が届く仕組みであること、そして制度を届ける任務をソーシャルワーカーが担っていることが、制度の理念が生きるために重要である。

 

(4) つなげる福祉

 

 子どもの場合は、例えば3歳から16歳までの義務教育は「教育と福祉とケアが行き届いていることを保障する期間」として、医師の診断がない欠席が月2日を超えると、家庭支援の対象となる。不登校はかなり早期に対応されるということである。学校に行かないままでいることは認められていない。その代わり必要に応じて学校が選択できること、全寮制の学校が3歳から利用できることなど、選択肢はある。滞在許可などなくても学校に通う義務があることで、子どもから家庭内に福祉が届けばいいと考えられている。


 地域の場合は、福祉事務所のソーシャルワーカーが生活相談や障害など窓口を分けず、同じソーシャルワーカーチームが家族全体のケアをコーディネートする。つまり、どのような相談も受け付けている。日本は生活保護の申請をし、条件が合って初めてソーシャルワークが受けられるのに対し、フランスは誰でもソーシャルワークが受けられ、生活保障もその一環である。社会保障の窓口は二つに集約されているので手続きは簡単であり、ソーシャルワーカーが一緒に手続きをする。


 一つめの窓口では生活保護、家族手当や年金など全国共通の権利を扱い、もう一つはパリ市独自の手当を担当する。全て健康保険の家族部門である家族手当基金が金庫番となっているので、手続きは一箇所で良い。保育料や給食費学童保育代なども同じところが計算している。両親が別居した場合や家族の誰かが死亡した場合なども状況の変化を知ることができるため、家族手当基金ソーシャルワーカーが家族を訪問して一人ひとりに会い必要なケアやサービスが届いているかチェックする。養育費の立て替えや請求、別居している親との面会交流の場所の提供や立ち合いもしている。


 またソーシャルワーカーたちは「個人」だけでなく、「グループや社会」を対象としたソーシャルワークもすることが雇用契約書に定められている。つまりケースワークだけでなく、自分が必要だと感じているソーシャルワークを企画実行する。例えばその一つとして「足元活動」が興味深い。地域のスーパーの前や新しくできた市営住宅の脇などに、仮設の福祉事務所のテントを一週間たて、保健所職員や区長などと終日通りかかる人全員に声をかける。その中で地域のニーズがある家庭の情報が入ってくることがある。他にも地域のカフェで母子家庭が無料で料理教室に子連れで参加できる曜日や、高齢者がパソコンやプリンターを使える曜日を設け、そこでソーシャルワーカーが地域住民とやりとりをする機会にもしていた。


 他にもさまざまなサービスをソーシャルワークにつなげている。パリ郊外では高齢者の宅配食事サービスを市が担っているが、日々食事を配るのは民間の委託業者だ。しかし、その食事を配るスタッフは全員市で継続研修を受け、毎週各利用者についてアンケートに入力する。そのアンケートデータは分析され、市の担当者のもとに届く。呼び鈴から玄関を開けるまでの時間がかかるようになっていたり、髪を洗っていない日が増えたりといった変化があると、ソフトウェア上にサインが出て、市のソーシャルワーカーが高齢者宅を訪問するようになっている。また、高齢者用にも低い金額で利用できるレストランや習い事が複数あるが、そこにもソーシャルワーカーが参加し、具体的なニーズに応えるソーシャルワークへとつなげる。


 ソーシャルワーカーというのは福祉事務所にいて窓口に来た人に対応すれば良いだけではなく、自分の担当する地域に福祉に漏れている人がいないか目を配ることまでが求められている。調査先には、18年間同じ地区を担当し、地域のリソースは熟知しているという人もいた。かつ、各々がクリエイティブにより良い福祉を模索することも、福祉の発展に貢献している。

 

(5) 貧困対策は女性の就労を支えることから

 

 フランスにおいては「貧困対策=女性を支えること」とされている。図2は家族手当基金が作成したものである。女性の就労を支えれば社会保障の負担は減り、所得税や年金、医療保険などの税収は増えるとしている。団塊の世代が大量に離婚した70年代より、給付金ではなくサービスを充実させるようになった。その結果、現在では日本で婚外子2%に対しフランスは60%と、結婚しないことが子育てにおいて不利とならない状況になっている。

 


 男性の働き方も、女性の就労が可能であるものであることが前提である。週35時間、年間258日の労働と定め、それを超えた場合に割高の給料を支払わなければならない制度により、男女ともに平均帰宅時間は18時であり、アルバイトやパートや嘱託といった働き方がないので、就労が守られている。サービス残業は高額の罰金の対象となる。

 

(6) 無料で産み、子どもは望む教育を受けることができる

 

 自己責任論は暮らしの安心感が薄いことの表れなのではないだろうか。自分の暮らしへの安心感があれば、「必要ではない人が福祉を利用している、無料の食品を受け取っている」といった他者への批判は起きにくい。そして子どもの貧困は、実際には制度と大人の貧困である。社会保障によって子どもに降りかかる貧困のハンデを減らすことができる。


 フランスは妊娠検査と出産の費用が無料で、保育は生後2ヵ月半から、働いていなくても、両親の収入の1割で利用できる。

 3歳から16歳の義務教育は無料で、大学や大学院、専門学校も無料か収入があっても学費は年間3万円程度である。入学金という制度はないので、入学してから他の学校に移ることもできる。生活費のための奨学金は返済不要であり、収入に応じて中学から支給される。パリ市のソーシャルワーカー専門学校においては、学生の7割が奨学金を受け取っており、残りも失業保険を受けたり雇用主がいたりする。フランスで大学や職業専門学校に通うときに、アルバイトをしながら学生生活を送るということは一般的ではない。また、自立も日本よりハードルが低い。16歳から26歳までは月7万7000円(526ユーロ)を受け取り、ソーシャルワーカーと心理士がつく支援や、月約4万円から7万円(250~500ユーロ)の若者用マンションにも1階にはソーシャルワーカーがいるなど、必ずしも経済的に自立していなくても、親元を離れた暮らしを望むことができる。高校を卒業し進学する際に家族手当基金に家賃手当を請求するのは、一般的にされる手続きである。大学の学食は一食147~485円(1~3.3ユーロ)で利用でき、学生用の無料食料配布もある。学生のデモでは「奨学金が少なく現代の暮らしに合っていない、アルバイトをしないと足りないほどである」と訴えている。学びがほぼ無料であるゆえ、学び直しをする人も多い。違う分野の学び直しや転職は前向きに捉えられている。

 

(7) 公助の土台があってこその共助

 

 暮らしが守られている、病気や障害のようなことがあっても、高齢になっても暮らしが保障されている、自分も望めば学び直しや転職ができるという気持ちが「困っている人は助けられるべきだ」という感覚につながっているのではないだろうか。現金寄付は所得控除の対象となることも大きい。寄付した額の66%が所得税から控除される。パリ市には「連帯オフィス」という部署があり、市内中心部の事務所でボランティア募集の情報提供をしたり、ホームページの地図には現在どこでどのような募集をしているか見ることができる。つまり、公的機関が民間機関をつなぐハブとなっている。一度でも参加すると、2週間に1回ボランティア募集のメーリングリストが届く。ボランティアとして道ゆく人に寄付の呼びかけをすると、誰もが笑顔で「ありがとう」と言う。老若男女、大学生の男性のような若者も1000~2000円程度の寄付をしていく。そしてその民間団体主催でボランティアが集めた寄付が、保健所など公的なところで配られることもあり、寄付をきっかけにして家庭へのソーシャルワークにつながる。公的機関と民間機関のお互いへの信頼がある。

 

(8) 子どもはみなで育てる

 

 家族関係予算は、介護保険のように「家族保険」が、結婚していなくても、子どもがいなくても、全労働者の給料に対し計算され、雇用主が労働者以上に労働者分の社会保険料を払う仕組みになっている。例えば「給料22万円-社会保険料4万9526円=差引支給額17万0474円+雇用主負担の社会保険料7万201円」という計算になる。つまり、22万円給料を払うのに雇用主は29万円払う。さらに、アルバイト制度がなく1日の就労でも社会保険料があるので、手取り1万円払うには雇用主はその1.5倍は払うことになり、企業負担が大きい。そこには子どもは皆で育て支えるものという国のメッセージが含まれている。


 その他にタバコやアルコールなど健康に悪いものにかけられる高割合の税金も、社会保障に充てられる。現在は金融資産や不動産収入に対する課税も対象となっている。企業負担から、市民や家庭の負担が大きくなってきていると批判されている。

 

2 自由に発言できる環境と批判精神

 

 社会連帯のために次に必要なのが、自由に発言できる環境と批判精神である。日本とフランスで制度にはそこまで大きな違いはない。けれど、制度が届いているか、利用しやすいかは大きく違う。その差はソーシャルワーカーをはじめとする人間一人ひとりの動きの違いである。福祉事務所で調査をしていたときに、今日何も食べていないという人が来た。いつもは建物内で作られている温かい食事を提供しているのだが、その日はなぜか冷凍食品会社のお弁当を温めて出すものが届いた。30代の女性ソーシャルワーカーはその場で県の担当に電話し、「これがフランス人の平均的な食事だというのか。正しくない扱いだ、このようなことは二度と見たくない」と伝えていた。自分は福祉を実現しているという意思を表す行動だ。ある子ども家庭在宅支援機関は素晴らしい仕事をしていた。子どもたちも親たちもソーシャルワーカーたちを慕い、信頼し、状況がみるみる改善していっていた。「素晴らしい仕事をしているね」とソーシャルワーカーに言ったとき「いい仕事をしていなかったら私がここにいるわけないじゃない」という返事だった。教育の違い、労働環境の違い、実践を支える知識の共有方法の違いが背景にある。

 

(1) 自分で情報収集し思考し議論できる教育

 

 フランスの教育省が掲げる基礎能力とは「読み書き計算、他者の尊重」である。小学1年生からの倫理と市民教育の授業は「責任ある市民」を目的に掲げている。同じ年から受ける法律の学習も目標は「矛盾に気づき批判的な分析ができること」とされている。市民一人ひとりがこの社会をつくるため、一人ひとりが情報収集し議論できることを大切にしている。


 例えば中高歴史地理の教員試験国家資格の課題例からも、その目指すものを見ることができる。2020年の合格率は12%だったが、課題4つのうち、2つは以下のようなものである。文献分析5時間「イギリスの1640~1700年代の政治や外交に関する資料について 1.文献を批判的に分析し、2.教師として生徒に教えるべき価値や概念や知識の伝達のための論理を発展せよ」。公開授業「与えられたテーマについて数々の資料をもとに4時間で分析し、テーマの内容を的確に説明し、様々な議論があるものを偏りなく紹介し分析し、最新の研究や調査をもとに市民として考えるべき問題や社会的な課題を明らかにし、テーマから現代社会を考える視点を提供する。教育的文献、科学的資料、社会的資料という異なる分野を比較検討する中で分析し教育に繋げられる力を試す」とある。


 なぜここまで自分で思考し意見できること、議論できることを求めているのだろうか。フランス人に聞くと、第二次世界大戦の反省が大きいと言う。ハンナ・アーレントをはじめとするナチスの研究は、従順で優秀で真面目な人たちが虐殺を起こしたことを示している。「おかしいんじゃないか」と声をあげるような人たちではなかった。だからこそ、この社会を担う一人ひとりが思考できることが、より良い社会の未来を築くことにつながる。それに比べ日本は「市民として考えるべき問題や社会的な課題」について調べ、議論する機会を十分設けているとは言えない。


 進路選択などの機会にも「自分は社会の中でどのような役割を果たすことができるか」と若者たちは問いかけられる。IKIGAIという言葉は、日本とは違う意味合いで使われている。フランス語の意味は「世の中に求められている役割、自分が上手にできること、自分がしたいこと、自分に経済的収入を与えるものの4つが交わる活動」であり、市民性を重視するフランスらしい使い方になっている。


 働き始めてからも同じである。ソーシャルワーカーのケース会議の前に、上司は関連ある分野の論文をメールで共有し、その論文についての議論から始めることで、ケースについてより思考を深められるようにする。紛糾したときにはその分野の専門家を呼んでくる。管理職は、チームと個人の課題解決能力と問題意識を高めていくことを役割として担っている。


(2) ポストごと採用

 

 ソーシャルワークは社会を変革することが目的である。国際ソーシャルワーク連盟の定めた定義の中でも「この定義に反映されている価値と原則を守り、豊かにし、実現することは、世界中のソーシャルワーカーの責任である。ソーシャルワークの定義は、ソーシャルワーカーがその価値観とビジョンに積極的にコミットする場合にのみ意味がある」と書かれている。それに対し、日本の公務員として働いていると、必ずしもそれが容易ではないのはなぜだろうか。ある児童保護に関する学会で、イギリス人講話者に日本人が「声をあげたくてもあげることが難しいということについてどう思いますか」と質問したところ「声をあげることこそがソーシャルワーカーたちの責務です」と答えたことがあった。筆者自身、2000年代半ばに福祉事務所で勤務していた際、人事に呼び出され「現在の福祉は先人たちが築いてきた最善のものであり、少しでも改善の余地があるという考えがあるのであれば今すぐ辞職してほしい」と、何かを書かれた用紙にサインさせられたことがある。このようなことが起きる大きな要因の一つは終身雇用である。


 フランスはどの業界もポストごと無期限契約が基本であり、例えばソーシャルワーカーが国家資格を取得すると「どの上司のもとで働きたいか、キャリアを築きたいか」を選ぶ。当然、評判のいい上司のもとで働きたい。なので、競争原理が働き職場が適正化される。日本の児童相談所のように、一人のワーカーが80ケースも抱えさせられているようではいい上司も良いワーカーも雇えない。それゆえ、一人で担当する子どもの数は26人などと県で基準が定められ、どこも同じ条件で働くようになる。その仕事をしたい人が就任し、その仕事を続けたい限り残る。そして、希望しない限り異動させられることがないので、自分でキャリアプランを考えながら毎年の研修を重ね、強みを磨いていくことができる。自分の仕事に自信があるからこそ、不足についての意見も主張し、福祉の向上を目指す。管理職になぜ管理職となることを選んだか聞くと、「情熱の継承」であると言う。


 日本のように3年ごとの異動があっては十分な専門性が身につかないまま終わるので、自信をもって批判することもできない。医師の場合、例えば先月まで耳鼻科をしていた人に違う科で診てほしくないのに、ソーシャルワーカーの場合はその分野の初心者でもいいと考えるのは、利用者に対する軽視があるからではないだろうか。


 自分で自分のキヤリアの主導権を握れない場合、先々に影響があると困るので波風を立てることはしなくなる。利用者の権利よりワーカーの安泰が優先されることが起きる。それは「評判搾取システム」とも言えるものである。自分の評判を守らなければ安全に仕事ができなくなるかもしれないので、黙る結果となる。しかし、黙ったとき得をするのは管理統括する立場の人たちであり、犠牲になるのは弱い立場の利用者や子どもたちである。「評判」が最優先にならない社会にしていかなければ、自由に発言し、批判精神を持ち続けることは難しい。

 

(3) 自分でキャリアを描けること

 

 ポストごと採用に加え、自分でキャリアを描ける環境も重要である。フランスでは、どんな仕事を選んでも学び続けられる制度を国が設けている。その学びは週35時間の就業時間の範囲内で、費用は雇用主負担、国が負担するものもある(11)。コロナで営業できない職業が出た際も、国は従業員の研修費用を負担するとし、多くの人がその機会に新しい分野の研修を受け、転職する人もいた。


 転職しても戻れる制度も活用されている。例えば民間在宅支援機関の代表は、パリ市で子育て支援を強化する計画が持ち上がったときに、パリ市のプロジェクト代表に引き抜かれ、公的機関で数年働いたのち民間の代表に戻った。専門性の高い民間機関でキャリアを積んだ人が公的機関の管理職に転職するということが多く見られるが、公的機関の人が専門性を高めるため民間機関に転職し、また公務員に戻ることもある。市民一人ひとりが最大限力を発揮できることを重視しており、人の行き来がある中でそれぞれの環境で情報もアップデートされやすい。自由に発言でき、批判精神を維持できる背景の一つである。

 

(4) 批判精神を持ち研究し報告書を出すことができる

 

 批判精神を持ち研究できる環境は、フランスでもしばしば批判されることである。しかし、批判的であることは尊重されている。例えば保健省のある報告書を作成したのは、18人の多分野の研究者や現場の実務者たちだった。1年の作成期間中、研究者たちはそれぞれテレビや講演で報告書に盛り込まれる予定の内容について話題にするので、現場の関心や期待は高まる一方であった。例えば、父親の育休ではなく産休は9週間必要であると報告書には書かれたが、結果的にその年のうちに14日から28日に、うち7日は義務であり、違反は雇用主への罰則と変更された。担当省庁からしたら18人もの専門家がそれぞれの視点から改善点を盛り込んでいて、内容が広く知れ渡るので大きなプレッシャーになるが、現場職員や国民からすると名前を知っている人たちが書くので、期待することができる。


 政策やお金の使い道に対する批判も、日本の会計検査院に当たるような機関をはじめ、各研究所が発表している。フランスでは、例えば家庭内で親子ともに支援することは、親子関係が悪化して施設措置が必要になることに対し、9000分の1のコストで済むとしている(12)。なので、子どもが望む限り家庭内にソーシャルワーカーが通う支援が優先され、親子分離は原則短期しかない(13)。一方で、日本で施設経営者に話を聞くと、措置費は都内で子ども一人あたり年間1000万円、地方でも500万円はかかり、親の支援が十分ではないため家庭復帰が叶わないことも多くあり、乳児院から成人までいることもあるため、子ども一人に1億円を超す予算がかけられることがあるという。このようなことが起こっていても、批判は現場からも多く出ているとは言えない。


 日本では研究者が自分の取り組みたい研究を提案し、選ばれたものに国から研究費が出る仕組みがある。フランスの場合は公的機関も民間機関も現場が課題を提案し、研究者が手を挙げ話し合って研究テーマを決めて、国から研究費が出る。現場はさまざまな視点の研究者の目にさらされる中で、実践に必要な知識が蓄積され、実践知も広く共有されていく。現在1400人の研究者がこの契約で雇われているが、今後2600人に増やすことが目指されている。


 また、民間団体が積極的に独自に研究者を雇うこともされている。それは、統計は政治的なものであり、見せたいものが選ばれるため、国の出資する研究に頼らず自ら必要な情報を発表するためである。例えばいじめの被害者、加害者、親や兄妹や友人たちをサポートする団体は、人口の何割がいじめの被害に遭ったことがあり、その影響がどれだけ大きいものであるか統計をとり、国に示し、全国各県にいじめ専門の相談機関ができ予算が組まれる流れをつくった。いい政策が上から降ってくることを待つのではなく、ある現実を知っている人たちが、その重要性を示し、政策を動かしていくのである。


 研究者が「評判」にしばられることなく、現場と手を組んでより良い社会を目指し、自由に発言し、批判精神を示していくことが求められている。

 

(5)ジャーナリズム

 

 より良い社会を目指すジャーナリズムも、連帯を育み批判精神を養うために必要であろう。今年ルカという13歳の男の子がフランスの小さな町で自殺したことについて、パリジャンという新聞のトップページでその追悼行進を紹介していた。500人が集まり、ルカくんを偲んで行進した。同性愛者であることをクラスメイトにバカにされ、同級生5人が検察の調べを受けている。お母さんは「自分自身で居続けられるよう勇気を持って、自分自身でい続けるために戦ってください」とインタビューに答えたというものだった(14)。日本で自殺している年500人を超える子どもたちも同じくらいの苦しみを受けていたわけだが、トップニュースで扱われたことや、「こんなことがあってはならない」と人々が行進したことがあっただろうか。悲劇の検証や、日本の課題の共有をおこなうジャーナリズムが不足している。


 例えばASHというソーシャルワーク専門週刊誌は年間契約数35万件を誇り、福祉事務所や福祉施設に置かれ、ワーカーたちの情報のアップデートを担っている。フランスはフリーランスの記者が多いこともあり、専門性がないと記事が書けないため競争が激しい。

 テレビ番組に裁判官や公務員など現場を知っている人が出て討論すること、当事者と大臣が激論を交わすことなども、国民に何が問題で何が望まれているのかを広く共有する機会になっている。

 自由に発言できる環境と批判精神は、歴史や文化のせいにすることなく、一人ひとりの意識でつくっていくことができるものである。

 

3 おわりに:市民性と連帯

 

 フランスの児童保護分野のワーカーに「日本というと、不登校や引きこもり、未成年の自殺というイメージで、なのに日本を旅行したら平日の日中のデパートもレストランも女性たちでいっぱい、女性たちが贅沢していてショックだった。あの女性たちが障害者や高齢者や子どもたちのために働くようにできないのか」と言われたことがあった。日本では「社会の中で自分が果たせる役割」ではなく、まず家族の一員として期待された役割を果たすことが求められる。子育ても、長時間働く夫の代わりも、親の世話も期待されているかもしれない。その次に組織の一員として期待された役割を果たすことが求められる。夫か親の仕事を手伝わされているかもしれない。その二つの役割を果たして初めて社会の中でできることに取り組むことができる、けれど最初の二つの任務は非常に重いこともある、そのように筆者は解釈している。フランスの場合は、社会保障があるので親の老後も子どもの教育も負担は比較すると小さい。そして組織の一員というよりも、例えば「いちソーシャルワーカーとして」の自身のキャリア意識の方が強い。日本にある二つの役割が軽い上、小さいときから市民としての自分という意識が教育されている。パリジャン紙のある日の一面タイトルは「ホームレスがいることに慣れてはならない」であった。「私は人間なので、人間に関することは全て私に関係がある」というローマの哲学者テレンス(紀元前190~159)の言葉はしばしば引用される。当事者でなくてもより良い社会になるためにたたかう。それは一人ひとりの意識にかかっていることだが、自分に与えられた枠内ではなく大きな仕組みにも向けていく必要がある。
 

 日本の福祉現場などから「限られた予算と人材、言いたいことはたくさんありますが、できることをやっていくしかないと思います」という発言を聞くことがある。「自分だったら気が狂いそうな環境ではありますが、脱走しないのは自分の家よりはいいということだと思うので、そのような環境が用意できてよかったと思います」という発言もあった。利用者と連帯した発言ではない。与えられた枠内での活動では社会問題の解決も、社会の変革も道のりは遠い。人々の困難も悩みも政治がつくりだしたものであり、人が変えていくことができるものである。フランスもいまだ課題は山積しているが、反省を重ね、人々の手でより良い形をつくろうとしている。


 社会に合わせられなかった個人を批判するのでも、個人が社会に合わせられるよう促すのでもなく、サービス提供者も利用者も連帯し、社会を個々人に適応させていく、皆にとって生きやすい社会をつくる。そのために、その土台となる社会保障と自由に発言できる環境も意識的に問い直していくことは必要不可欠である。

 

(注釈)

1 Insee, Comparateur de territoires (2022)
2 Le Parisien紙2023年1月9日“Les autorités s’in quiètent de la « montée en puissance » des mineurs non accompagnés délinquants”
3 ASPA 961ユーロ。レートは以下全て2023年4月30日1ユーロ=147円で計算
4 Conseil d’orientation des retraites, « Evolutions et perspectives des retraites en France » (2022)
5 1459euro net/mois (2022) https://www.insee.fr/fr/statistiques/6047747?sommaire=6047805
6 OECD2021年価格水準指数PLI、労働政策研究・研修機構データブック国際労働比較2022。最低賃金手取額フランス月20万3300円(1383ユーロ)、日本の最低賃金の平均930円xフランスの労働時間週35時間x 4週=月13万200円。
7 ニッセイ基礎研究所OECD加盟国の年齢階層別相対的貧困率(2020)。
8 2020年。経済産業省統計局「日本長期統計総覧」(2022)。
9 Ministère des solidarités, de l’Autonomie et des Personnes handicapées, Colloque « Le non-recours aux prestations sociales en France et en Europe », mardi 13 décembre 2022.
10 安發明子「フランスの福祉事務所と生活保護─日本との比較から」『自治と分権』(大月書店、2022年夏号 N.88、pp.71~86)
11 安發明子「フランスの子育て在宅支援を担う人材とその育成」『総合社会福祉研究』(第53号2023年4月)
12 IGAS, Evaluation de la politique de soutien à la parentalité (2019)
13 安發明子「フランスの在宅支援を中心とした子育て政策」『対人援助学マガジン』(第51号2022年12月pp.227-267)
14 Le Parisien, « Marche blanche pour Lucas : « Ayez le courage de vous battre pour ce que vous êtes », lance sa mère » (2023年2月5日)

 

著者プロフィール

安發 明子(あわ あきこ) 1981年生まれ、首都圏で生活保護ケースワーカーをしたのち2011年渡仏、フランス国立社会科学高等研究院健康社会政策学修士社会学修士
「フランスにおける子ども家庭福祉と文化政策」『「健康で文化的な生活」をすべての人に』河合克義、浜岡政好、唐鎌直義監修、自治体研究社2022年3月
『一人ひとりに届ける福祉が支える フランスの子どもの育ちと家族』かもがわ出版2023年7月刊行予定

著者ホームページ:https://akikoawa.com/

 

( 月刊全労連2023年7月号掲載 )

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