月刊全労連・全労連新聞 編集部

主に全労連の月刊誌「月刊全労連」、月刊紙「全労連新聞」の記事を紹介していきます。

【翻訳】新自由主義者が労働組合を攻撃することでもたらされたものとは?世界各国の動きからの考察。

新自由主義の失敗が生んだ右派ポピュリズム 労働者の権利、基本的人権への影響

国際労働組合権利センター事務局長 ダニエル・ブラックバーン

同研究員 キアラン・クロス

 

 以下の論文は全労連も参加している国際労働組合権利センター(ICTUR)が、国連人権理事会の「平和的集会および結社の自由」に関する特別報告者に提出した報告書の翻訳である。国連人権理事会の特別報告者制度開始10周年、また第44回人権理事会への特別報告者のテーマ別報告の準備に際して、過去10年の状況を確認し将来への方向性を示すために意見の募集が呼びかけられた。

 

 ICTURは世界各地で進んでいる右派ポピュリズムの勃興労働組合および基本的人権への影響に関して、数十年にわたってグローバル化の名で進んできた新自由主義と緊縮財政策労働組合と団体交渉への攻撃を結びつけて論じている。人権理事会に出されている報告書であるが、団体交渉と労働組合の攻撃という問題がグローバリゼーションの下で起こってきた出来事であり、新自由主義的な政策と安倍政治からの根本的な転換を目指す私たちにも極めて意義深い論考となっている。初出は国際労働組合権誌Vol.27の1・2号合併号で、ICTURの許可を得て全労連国際局・布施恵輔が翻訳した。見出しと写真は編集部で追加した。

 

 《危機の根源はどこに》

 

 この10年は、2008年の世界経済危機の反映であると特徴付けられる。世界のいたるところで、過去40年にわたる新自由主義的政策によるさまざまな被害に満ちており、金融システムの破壊を防ぐためにコストを労働者に押し付ける事例に満ちている。2008年の9月初め、欧州の労働組合はロンドン宣言を採択し、危機の原因は「ウォール・ストリート、ロンドンその他の金融センターの強欲と無謀さ¹⁾」であることを強調している。無頓着で自暴自棄な政府が銀行を支援し、その損失を社会全体で賄うようにした。国際金融機関の押し付けで、多くの国の政府は競争、効率化と成長の名のもと新自由主義の新たな攻撃を押し付けている。緊縮財政策の波が、労働組合の権利を制限し、長く機能してきた団体交渉システムを破壊した。団体交渉の分権化を狙った労働法の改悪に伴い、スト権の制限や労働組合活動の犯罪化も進んでいる。EU機構も加盟国に対し、いまだに当時と同じような経済、労働市場改革を要求している。2010年から15年にかけて、緊縮財政策を基本にした労働法改悪が89ヵ国で実施され、公的部門の雇用削減や賃金抑制を130の国の政府が実施、計画している²⁾。

 

 2010年代はかつてないレベルで労働者、市民の社会的行動がおこった。効果的な意味のある社会対話が欠けているために、これまでもそうであったように、世界中で労働者は不満や要求をデモや抗議行動という形で表現している。また労働者が声を上げることが法的に困難な国々では、人民の運動を機動隊、武装警官や軍隊を使って暴力的に弾圧する例が見られる。これらの事例の中には、バングラデシュやフィリピンなど弾圧の回数が多い国も含め、過激な暴力を行使する例が含まれることを注記したい。それらには欧州の国々の発砲事件も含まれ、イタリアでは労働組合活動家1名が射殺され、コロンビア、メキシコ、グアテマラなどでも労働組合活動家への弾圧が続き、特にカザフスタン南アフリカでは深刻な状況である。これらの事件は、2020年における結社と集会の自由の権利の現実を如実に表しており、強い言葉で批判されるべきであり、関係機関に被害者への支援、透明性と独立性が確保された捜査、背後関係者を含む関係者の訴追、被害を受けた全ての関係者への補償を要求する。

 

 このような背景のもと、経済のグローバル化に抗することの無力感から、各国のポピュリズムナショナリズム的な政治勢力が支持を拡大していることは危険な傾向だ。このような脅威となりうる政府に対し、特別報告者がその権限と将来の活動計画を再検討することを求める。グローバルな経済、政治システムは、過去の悲劇と同じ道を進もうとしている。昨年2019年のILO(国際労働機関)創立100周年は祝賀であると同時に、ILOが創立に至った背景を思い返す時でもある。より良い世界を作ろうという意思が分岐点を迎えていた時に、「永続する平和は社会正義を基礎としてのみ実現することができる」、そして「いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となる³⁾」という考え方に基づいてILOは創立された。しかし、地球上でILOが創立されて10年に満たないうちに世界大恐慌が起こり、貧困と絶望が拡大し、移民と少数者に対する怒りが誤った方向に誘導された。拡大した絶望と恐怖がポピュリストやナショナリストファシストの運動によって人種差別主義を生み、かつてない規模の世界大戦へと繋がっていった。21世紀冒頭に起こった世界経済危機(リーマンショック)に続けて、世界中で起こっている憂慮すべき状況は、100年前に起こった歴史の悲劇と不思議なほど一致している。

 

《緊縮財政策と権利の後退》

 

 世界人権宣言と関連する条約の双方で、結社と集会の自由は国際人権の枠組みに重要な要素として位置付けられている。大戦後の人権の枠組みは、自身の生活を作り上げる政治的、経済的な力を行使する手段として労働組合を促進してきた。分権化された参加型の民主主義の推進手段として、それらの組織は世界に社会的側面を作り上げる装置として根付いた。20世紀中頃に多くの国々で団体交渉のシステムが構築され、団体交渉は世界の多くの労働者に持続可能な生活条件を保障するために重要な役割を担うようになる。草の根からの参加を支援する労働組合の組織とともに、労働者の「声」を反映させる機能の形成は、労働組合の組合員を基礎とし、労働組合の職場委員、支部の役員の深いネットワーク、労働者に力をつける教育、地域社会との繋がり、国レベルでの政治参加、草の根のレベルの地域社会における民主主義の定着に寄与してきた。

 

 2008年の世界経済危機後、世界中で全国あるいは産業別協約交渉の枠組みへの攻撃が起こり、危機以前の状況を根底から破壊するような変化が起こった。2009年始めに欧州労連は「大量失業」、「賃金凍結」と「賃金切り下げ」が押し付けられると警告している⁴⁾。ILOの研究によれば、2008年から13年までの5年間に、協約適用率は48ヵ国の集計で平均して4.6%減少している⁵⁾。最も適用率が後退した10ヵ国では、平均で21%も適用率が落ちている。後退幅が大きかったのはルーマニアギリシャの65%の減少(ルーマニアでは35%、ギリシャでは18%に減少)で、スロベニアでは92%から65%にまで減少している⁶⁾。2017年にブラジルでは、法令13467によって団体交渉における労働者の代表性と交渉の基本的枠組みが著しく破壊された。ITUC(国際労働組合総連合)の調査では、翌年にかけて団体協約数が45%低下している⁷⁾。2019年のITUCの調査では、団体交渉への攻撃は8割の国で見られ、スト権への攻撃は85%の国で見られるとしている⁸⁾。OECD経済協力開発機構)の新しい調査では、団体交渉が労働者の権利の「鍵」であり、「労働市場の機能を向上させる」ことができるが、「多くの国で労使関係一般が弱体化し、特に不安定雇用が増えている新たな雇用形態が、団体交渉権を圧迫している」としている⁹⁾。

 

 全国レベルの広範な協約の消滅と、産業支援の後退とともに、産別交渉より企業レベルでの交渉が優先され、企業レベルの協約が産別協約の水準を下回ることも容認する法改正が進んだ。これらの政策の進行によって、労働政策が一貫性を欠き、グローバルに強化されてきた自由市場の力によって近隣の職場同士でも労働者が競争を強いられる環境下において、労働者が集団的な力を行使することに破壊的ダメージを与えている。いうまでもなく、労働者が国のレベルの経済、産業政策に集団的に、また平和的に影響力を行使することは、この状況下で困難になっている。

 

新自由主義の下で進む組合攻撃》

 

 キプロスギリシャアイルランドラトビアポルトガルルーマニアのように過去10年間団体交渉を破壊する政策を実行した国々の政府は、国際金融機関やEUの指示でそれらの政策を実行している。それ以前にも80年代から90年代に労働組合の弱体化を狙った試みは、国際金融機関による構造調整策の名で、アフリカ諸国で行われた組織率の高かった公務労働組合への攻撃などがある。現在の労働組合攻撃の波の始まりは、1970年代終盤の新自由主義政策の開始に遡る。それは、それまでの社会対話黄金期へのレクイエムとも言えるものだった。英国は19世紀末には、機械生産業で産別団体交渉を確立したパイオニアであった。しかしこのころには、労働組合の権利に関する長期的なイデオロギー攻撃の世界のリーダー国になる。歴代の英国の政権によって、1979年には団体協約適用の労働者率は82%だったが現在は26%にまで低下した。英国の労組員数も1990年代までに激減し、当時のトニー・ブレア首相は、西側諸国における労組組織化関連法で最悪の法律と規制が成立したことを自慢している¹⁰⁾。

 

 2008年の世界経済危機以降、この攻撃はさらに加速度的に進み、労働組合の権利は世界中で危機的状況になる。2016年に英国労働組合法に結社の自由に新たな制約が加えられたように、職場での労働者代表、団体交渉、ストライキ労働組合の政治活動が攻撃されている。オーストラリアでは団体行動を違法化、組合組織に過度に介入し、組合つぶしをかつてない規模で推進する「Ensuring Integrity(公正確保)」法が、2019年に一旦廃案になったものの、すぐに政府に提案し直されている¹¹⁾。結社や集会の自由の権利行使が妨げられていることが最もよくわかる指標は、労働組合に対する暴力がかつてないレベルで広がっていることである。国際労働組合権利センターは労働組合の権利に関する監視や報告活動を通じて、センターの30年の歴史の中でも最悪の労働組合への暴力として、2つの事例を特に憂慮している。一つは、2011年12月にカザフスタンで起きた労働組合の集会での警察の暴力によって、16人が死亡し、他にも多くの死傷者が出た事件だ¹²⁾。2012年8月には、南アフリカの警察がストライキに参加していた労働者に対し、軍隊が使うような自動火器が使用され34人が死亡し、さらに多くの死傷者を出した。数百人のスト参加者が直ちに逮捕され、信じられないことに、なかまのスト参加者を殺害した容疑をかけられている¹³⁾。

 

 さらに、フィリピン、イランとバングラデシュで、公務と民間の双方の労働組合への暴力と弾圧が起こっている¹⁴⁾。また労働組合活動家への異質なレベルの暴力がグアテマラやコロンビアでも見られる¹⁵⁾。組織労働者への攻撃は何も発展途上国に限ったものではなく、欧州でも多くの暴力や弾圧が報告されている。2013年にギリシャでは、イチゴ収穫に従事していた200人余りの移民労働者が未払い賃金の支払いを求めたピケが、武装した集団により銃撃され、35人の労働者が負傷している¹⁶⁾。2015年のポーランドでは、労組活動家10人の解雇に抗議していた鉱山労働者に警察が発砲し、12人が負傷している¹⁷⁾。イタリアでは2016年にUSBという組合の活動であるアブド・エルサラーム・アフメド・エルダンフが、集会参加中にピケの列に突っ込んできた大型ダンプに轢殺された¹⁸⁾。2018年には同じ組合の移民労働者オルグのスマイラ・サコが銃殺されている¹⁹⁾。スペインではストライキと集会参加で結社と集会の自由の権利を行使しようとした労働組合活動家が起訴されている²⁰⁾。

 

グローバル化で労組と民主主義が危機に》

 

 法制化や規制改革、組織労働者に対して物理的で、時に致命的な攻撃を通じて労働運動を抑圧することが、グローバルな支配層の富の蓄積と並行的に起こっていることは不思議ではない。国際NGOオックスファムによれば、世界規模での格差は「衝撃的なほど固定的で大きく」、「過去10年で億万長者の数が倍増している」ことを憂慮し、「我々の経済システムは壊れており、馬鹿げたほど巨大な富が極貧と共に存在」している。「2015年以降、富裕層のトップ1%が、それ以外に保有されている地球上の富全てを合わせたより多くを保有している」と警告している。世界中の国々で、一部のエリートがその国の収入の大部分を手に入れている²¹⁾。ILOの仕事の未来世界委員会による2020年の報告書「輝かしい未来と仕事」によれば、「経済権力の集中、労働者組織と団体交渉の力の後退」が国内における格差の拡大を招いている²²⁾。ILOが使用する言葉(権力の集中、力の後退など)は2020年における労使関係の悲惨な姿を婉曲的に表現しているが、ICTURの活動から、使用者と政府の組織的な暴力と殺人が免責されていることは明らかである。今日労働者が直面している格差の現実は、数十年にわたる新自由主義理論の動きの中にあり、格差の拡大を固定化する役割を果たしてきた。

 

 団体交渉の枠組みの破壊が、新しい極右勢力のネットワークの活性化と同時進行で起こっていることは警告すべき点だ。もともと労働組合が強い小売りや公務などの産業での雇用の削減と、「フレキシビリティー」と使用者が宣伝しながら不安定雇用導入を可能にする雇用法制改革が同時に起こる中で、労働者はかつてのように集団的に攻撃を理解し、労働や生活条件を変更する攻撃に対して対抗するすべを体系的に奪われ続けているのだ。広範な労働者が全体として団結し、効果的な行動を組織する正式な組織機構が欠けていることで、現在の政治を特徴付ける分断と有害な人種主義が、部分的、あるいは全面的に力を持っている。この組織機構は、孤立、迷い、過激主義への傾向への重要な防波堤の役割を歴史的に果たしてきた。ITUCが2019年に発表した報告書では、「職場の民主主義のまさに基礎」が破壊され、向こう見ずな労働政策によって「平和と安定が危機」にさらされているとしている23)。産別団体交渉機構の中央化が民主化プロセスで果たす役割は、1970年代に全体主義が崩壊したギリシャポルトガル、スペインの例で明らかである。国際金融機関とEUの要求で、国の政策が上記の3ヵ国においても歪められている

 

《結社の自由を制限しながら、労働者保護から除外する》

 

 全ての種類の労働者に適切な労働規制と社会保護に基づく給付を確保するという課題は、ILOが2015年に採択した「非公式な経済から公式な経済への移行に関する勧告(204号)」で示されているように、大きな懸念となっている。この点で過去10年余りの主な傾向は、勧告とは逆方向となっている。世界で非典型雇用が大きく増加し、ほとんどの発展途上国ですでに広まっている、インフォーマル経済での雇用がさらに増大している。このような雇用形態には、臨時、短期契約、パートタイム、季節労働、オンコール労働(0時間契約雇用)、委託、派遣などのほか、擬似雇用や雇用類似の労働者などがある。これが、世界中で労働法や社会保護から除外された労働者の割合を拡大させており、最低賃金、育児休暇などの制度、医療や年金、病気休暇や退職金やその他の給付の権利を持たない労働者となっている。英国での医療格差を10年にわたって研究したマーモット報告によれば、「2010年以降英国の平均寿命の伸びは止まっており、この現象は1900年以降起きていない。(中略)社会経済状況を表す指標の多くが2010年以降格差の拡大と悪化を示している」²⁴⁾。工業国での不安定雇用の増大は特に顕著で、2019年には英国の労働者の3%が0時間雇用契約で働いている25)。

 

 工業国での不安定雇用の増大は、労働コスト削減のために法の抜け穴と規制のギャップを使用者が利用するようになり、組合の組織化を避け、団体交渉を弱体化させようとする。そして、グローバル経済の進展でその国の労働力市場がより「競争力」を確保するために、「フレキシブル」な労働市場政策を各国政府が促進するようになる。このような条件のもとで労働基本権を行使することは、ひかえめに考えても野心的で、結社の自由の権利行使は不安定雇用労働者には差別的に制限されており、組合攻撃の形態として非典型雇用を戦略的に使用者が利用していることは明確である²⁶⁾。社会保障や収入補償がないために、不安定雇用労働者は、契約不更新など使用者の実力行使に対して、特に弱い立場にある。ごく小さな脅しであっても、萎縮効果は絶大だ。このような労働者は、仮に労働法がそれを保障していても、職場における基本的権利の行使に見えない壁が立ちはだかっており、適用が遅いことや罰則規定が十分でないことがしばしばある。

 

 非典型雇用には、女性、青年と移民労働者が不均衡に多くなっている²⁷⁾。移民労働者はグローバル経済に由来する一つの要素であり、建設や家内労働で多く見られる。2018年にILOは、世界の移民労働者人口が1億6400万人に増大しているという推計を発表し、国際地域紛争や貧困によって拡大しているとした²⁸⁾。特に、臨時雇用の移民労働者制度は、強制労働や借金による束縛の危険性が高い。トルコは、インフォーマル経済で働く移民労働者が直面する複雑で困難な課題の実例となっている。世界最大の難民人口を抱えるトルコでは、フォーマル経済(正規の経済)で働く労働者にしか組合員になれない。400万人いるとされる移民労働者にとって、労働組合権の行使には使用者が移民労働者の雇用を正規雇用に切り替えることが必要になる²⁹⁾。

 

 技術革新も、雇用のあり方を大きく転換させており、「ギグエコノミー」や「クラウドワーク」と呼ばれる雇用の拡大は、労働者保護のあり方に新たな課題を投げかけている。Eコマースやデジタルプラットフォームがわずかな巨大企業の手にあり、各国の労働法制のもとにあるデジタル経済で働く膨大な労働者が法の保護を受けることのないよう、膨大な額の投資をして抵抗している。欧州各国で、ギグエコノミーで働く「個人請負」労働者に労働者性を認めさせる裁判があるが、その結果はさまざまである。米国のカリフォルニア州では個人請負労働者に保護を認めさせる法改正が2018年に行われたが、アプリケーションを利用するビジネスを展開しているウーバー、リフト、ドアダッシュなどの企業は直ちに3000万米ドルを投じて、新法から彼らの下で働く労働者を除外させるキャンペーンを開始した³⁰⁾。

 

 アイルランドで不安定雇用の社会的文脈を調べている研究者は、不安定雇用の仕事は、通常低賃金で組合組織率が低く、年金、病気休暇、子育て休暇などの重要な制度から除外されている。不安定雇用はしばしば労働者を圧力、虐待、搾取から弱い存在にしてしまう。住宅、医療や家庭生活において、労働者が家庭をでて自立する可能性を不安定雇用労働が奪い、そのことによる不満がさらに不安定な生活につながる結果となる³¹⁾。不安定雇用にはまり込んだ労働者は、「登っているはしごの段が抜け、そのはるか先に届かないように感じられる」。これまでの世代が享受してきた雇用保障から構造的に除外され、労働基本権の保障からも除外され、職場民主主義(経済民主主義のことではない)への意味ある参加ができない。インフォーマルやオンデマンド経済の労働者は流動的であるというだけでなく、自らの条件に不満を抱え、方向を見失わせられている。

 

《極右ポピュリズムと結社の自由》

 

 世界は急速に変化している。テクノロジー、移民、気候変動が、長く機能してきた国家によるそれぞれの規制に課題を投げかけている。仕事の世界の大きな変動はすでに進行中であり、各国政府とこの変化に対応する国際機関は危機に陥っている。国連の2020年版世界社会報告では以下のように述べられている。

 

 「仕事の世界における不透明さ、斬新な変化とそれに取り組む各国政府と国際社会の準備との間には、大きな開きが存在している。政府はこの分断に対して労働市場の機能と労働政策への投資を拡大し、非典型雇用契約や正規労働の外で働く新しいタイプの労働者が声を上げることを保障するために、集団的な代表制の新しいあり方を作ることができる32)」。

 

 各国政府はこの課題に対応可能だが、その取り組みは不十分だ。オックスファム・インドのアミタバ・バハールは2020年のダボス会議で「貧富の格差は自発的な格差解消策では解決できない。格差解消にコミットしている政府が少なすぎる³³⁾」と批判している。現実は新しい形の集団的な代表制が発展する以上に結社と集会の自由が攻撃され、これまでインフォーマル経済のものとされてきたような労働条件が、世界的に標準的な労働条件になっている利益が超富裕層や巨大企業の株主にわたり、(合法も犯罪も含め)税逃れによって多くの政府の収入が減り民間と公務双方の債務が労働条件と生活条件へのかつてない攻撃に利用されており、貧困、失望と怒りが固定化されている。世界金融危機が既存の秩序への信用を根本から損ない、長年存在してきた国際機関への敵愾心が拡大している。労働者は、権利と安定が消失し、労働者の要求を実現するための枠組みや組織も失われている未来に直面している。多くの人にとって未来は、良質な雇用を期待し、経済成長への道筋が明確で、適切な住宅を手に入れることができ、社会保障、医療、教育などの良質な公共サービスが期待できないものになっている。

 

 ICTURは、労働者の集団的な組織と代表制のメカニズムの破壊が、1980年代から世界で続く変革の重要な側面であることを指摘してきた(2008年の世界経済危機でその傾向は加速している)。これまで主張してきたように、これらの変革は労働者を孤立化させ、方向性を見失わせ、貧困化させる効果しかない。労働組合や政党の支部での定期的な会議などを通じて労働者が集団的に声を上げ、政治的な意識をもち、階級的連帯によって自らのアイデンティティーを自覚する手段として存在していた労働運動が、大規模に破壊されたことによって、かつてなく、また恐ろしいレベルで社会が変容する道が開かれた。今やそれらは、オンラインのソーシャルメディアという場を通じて、民間のSNS会社が管理している「公的」なスペースが、情報入手の唯一の場となる事が多い。自らと同じような耳に入りやすい主張をするグループへと収斂され過激な主張や誤情報に接するようになることで、主張の両極化や対立につながりやすくなっている。ITUCが指摘するように、オンラインのフォーラムやソーシャルメディア機能は、現在の国際的な極右の勢力の中心的な推進力となっている³⁴⁾。

 

 このような状況下において、民主主義は明らかに危機的状況である。ナショナリズムファシズム的なポピュリズムが、世界の数十の国で高揚しており、これらの主張を掲げる政党が選挙で議席を伸ばしている。いくつかの国では、極右ポピュリストの戦術を利用する政治家や政党が政権を握っている。ITUCはこの状況をより強い言葉、「右派ポピュリストと全体主義者の政権が、世界人口の半分以上を代表している³⁵⁾」としている。ICTURは世界の労働組合とともに、右派ポピュリズムの波を深く憂慮しており、ポピュリストの戦術とより過激で反民主主義的な政治主張が支持を集める現状に警戒感を持っている。自分たちは「取り残されている」と感じる、あるいは自分たちをグローバリゼーションの「敗者」と考える人たちの怒りが熟した状況だととらえている。極右とネオファシズムの運動は、権利を失い、住宅、雇用、教育、医療などのサービスへのアクセスを奪われるという人々のまっとうな不安、恐怖を、自らの主張と政治目的に利用し、マイノリティ、移民、難民は彼らの「敗北」の原因であるとスケープゴートにしている。右派ポピュリズムのこの側面は、政治の漂流に効果的に働きかけており、この新しい政治が向かう方向には十分に警戒すべきである。

 

労働組合の役割は決定的》

 

 我々は、彼らの支配を打破し、新自由主義と緊縮財政策によって力を失った労働者に力を与えるために、労働組合は決定的な役割があると考えている。国連の2020年世界社会報告が述べている集団的代表制に関する結論を利用して、立ち向かうことができる。OECDも過去数十年にわたる団体交渉とその適用の破壊政策を転換するよう政府に求め、「仕事の未来において団体交渉を利用するには政府の介入が必要³⁶⁾」としている。ITUCは草の根レベルでの労働者の関与を呼びかけ、関与と参加、声をあげることの再構築が必要であり、「投票行為の先に、地域社会の声を拾い上げる手段とともに、協議、三者構成主義と対話がなければ、信頼は回復できない」としている。国際労働組合組織は、それらなしには「全体主義の高揚はチェックできない³⁷⁾」と警告している。

 

 しかし我々は、労働組合の組合員の最も基本的な権利が守られるだけでは不十分だと強調したい。他の人と同じように組合員はポピュリズムになびくこともあり、かつて労働組合組織が支えていた地域や産業、職場における参加型民主主義の崩壊によって、権利の剥奪がいかに進んだかを理解することは重要だ。2019年の欧州議会選挙で極右勢力に投票した組合員が、自身の選択に雇用、安定の欠如、不安定化の他にも、自分の社会的保護が失われるという恐怖が影響したと述べている³⁸⁾。したがって、組合員だけでは右派ポピュリズムの高揚とたたかうことはできない労働組合の権利が完全に守られ、反労働組合法や予算削減、緊縮財政策によって弱体化し破壊された職場と地域社会を再構築するために、十分な力を労働組合が発揮しなければならない。結社の自由と団体交渉権の完全な尊重が、不安定と非正規化によって生じる不安とたたかうために必要な枠組みを労働組合に与え、労働者が自身の人生に影響する問題に関与する力を与えることになる。

 

 特別報告者に対し、次の十年の方向性を策定するにあたって、結社の自由を鍵として力強く効果的な団体交渉の枠組みとリンクした職場の労働組合構造が、決定的に重要であることを特別に強調することを私たちは求める。右派ポピュリズムを世界規模で高揚させている孤立、方向性の喪失、不安、不安定化の入り混じった状況を打破する活動を特別報告者の権限で行うべきだ。特別報告者の権限において、労働組合の構造が適切に機能し、職場と地域のレベルで労働者同士がつながり、職場、地域、全国と国際レベルで経済、政治がより広くとらえられることが、目的を達成するためには欠くことのできない要素であるという強いメッセージを出すべきである。

 

1)欧州労連2008年ロンドン宣言https://www.etuc.org/en/document/london-declaration-call-fairness-and-tough-action

2)「緊縮財政と労働市場規制緩和:高リスクと弱い正当性」、フアン・パブロ・ボホスラブスキー、国際労働権利誌24号(2017年)

3)ILO憲章前文

4)経済と社会の危機:欧州労連の立場と行動、2009年2月18日、欧州労連

5)「団体協約適用の傾向:安定、消滅か後退か?」、2017年2月、ILOブリーフィングペーパー

6)同上、ILOブリーフィングペーパー

7)グローバル権利指標2019年版、ITUC発行

8)同上、グローバル権利指標、ITUC発行

9)条件向上のための交渉:仕事の世界に変容における団体交渉、2019年11月18日発行、OECD

10)「国民が思うよりも、私は政府の中でよりラディカルだ」オブザーバー紙、1997年4月27日

11)「2016年労働組合法:内容とその目的」、雇用権利研究所、2017年3月1日およびフェアワーク法2019年改正案(Ensuring Integrity)への国際労働組合権利センターの所見https://www.aph.gov.au/DocumentStore.ashx?id=b3e9fdb9-41fb-49e4-a056-2384f2a1688f&su bId=668439

12)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたカザフスタンに関する報告、また2015年発行の国際労働組合権誌(IUR)Vol22参照

13)国際労働組合権誌(IUR)Vol22、2015年

14)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、また2020年発行の国際労働権誌(IUR)Vol26 14ページ「Interventions」および「労働組合権の否定」、ダニエル・ブラックバーン著、国際労働組合権誌Vol20(2013年)参照

15)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたカザフスタンに関する報告:https://www.upr-info.org/sites/default/files/document/guatemala/session_28_-_november_2017/ictur_upr28_gtm_e_main.pdf、国際労働権誌Vol25、2号、3号(2018年)P14「Interventions」参照

16)ニック・バニョ著「血に染まったイチゴ」国際労働組合権誌Vol.21、3号(2014年)

17)国際労働組合権誌Vol.22、1号(2015年)p14, 「Interventions」

18)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたイタリアに関する報告:https://www.upr-info.org/sites/default/files/document/italy/session_34_-_november_2019/ictur_upr34_ita_e_main.pdf

19)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたイタリアに関する報告:https://www.upr-info.org/sites/default/files/document/italy/session_34_-_november_2019/ictur_upr34_ita_e_main.pdf

20)フスス・ガレゴ著「民主主義への攻撃」国際労働権誌Vol. 214号、2014年

21)https://www.oxfam.org/en/press-releases/worlds-billionaires-have-more-wealth-46-billion-people

22)「輝かしい未来と仕事」、ILO仕事の未来世界委員会報告書、ILO、2019年

23)グローバル権利指標2019年版、ITUC発行

24)「英国の健康格差:10年間のマーモット検証報告」、健康格差研究所、2020年、http://www.instituteofhealthequity.org/the-marmot-review-10-years-on

25)労働力調査:ゼロ時間契約データより、英国国家統計局、2020年2月18日

26)公正なグローバル化のための社会正義宣言に基づく職場における権利の中核条約に関する一般調査、ILO条約勧告適用専門家委員会報告、報告書III(1B)、国際労働事務局2008年発行、パラ935〜937

27)「世界の非典型雇用:課題を理解し展望を探る」、ILO、2016年発行

28)国際移住労働者ILOグローバル推計、2018年12月5日

29)ビルグ・ピナール・エニグン著「トルコのシリア難民:雇用と労働組合の対応」、国際労働権誌Vol. 23、3号、2016年

30)ジョン・マイヤーズ、「ウーバー、リフト、ドアダッシュがカリフォルニア労働法に9000万ドルを投じて挑戦する」、ロサンゼルスタイムス、2019年10月29日

31)アリシア・ボベク、シニアド・ペンブローク、ジェームス・ウィックマン著、「不安定とともにある生活:不安定雇用の社会的影響」、欧州進歩研究基金(FEPS)および社会変革の行動に関するシンクタンク発行、2018年

32)「輝かしい未来と仕事」、ILO仕事の未来世界委員会報告書、ILO、2020年

33)「世界の億万長者は46億人の富の合計以上を保有している」、オックスファム・プレスリリース、2020年1月20日https://www.oxfam.org/en/press-releases/worlds-billionaires-have-more-wealth-46-billion-people

34)「自由報告:平和、民主主義と権利」、ITUC、2019年10月発行

35)同上「自由報告」、ITUC、2019年

36)条件向上のための交渉:仕事の世界に変容における団体交渉、OECD、2019年11月18日発行

37)前述「自由報告」、ITUC、2019年

38)同上「自由報告」、ITUC、2019年

 

ダニエル・ブラックバーン ロンドンの国際労働組合権利センター事務局長、国際労働組合権誌と『世界の労働組合(第6、7、8版)』の編集者であり、法廷弁護士。人権の修士号において優秀な成績を修め、パトリック・ソーンベリー賞を受賞。1999年に研究員として国際労働組合権利センターに参加。

キアラン・クロス 2015年から2020年まで国際労働組合権利センターで研究者として在籍し、現在はベルリンで哲学の博士課程に在籍。法学では準修士、国際経済の法、公正、開発においては修士課程を優秀な成績で修めた。欧州憲法・人権センター(ECCHR)とグリーンピースにおいてコンサルタントとして働いた経験がある。

 

( 月刊全労連2020年10月号掲載 )

 

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