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【京都】労働組合に加入して交渉したら、一発で賃金カットが撤回された件 京都労働相談センター相談員 森下宇太郎 #職場の悩み全労連が聞きます 

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労働組合に相談して加入・交渉したら、一発で賃金カットが撤回された件 

京都労働相談センター 相談員 森下 宇太郎

 

3月24日(水)・「近所の組合役員から紹介された」と電話相談


 従業員15人のサービス業に、正社員として勤務するAさんからの電話。「近所の組合役員(京都総評参加の公務員労組)に相談したら、相談センターを紹介されたので、電話をしている」、相談内容は「昨日、会社が賃金を下げると一方的に通知してきた。理由は新型コロナの影響で、業績が悪化したと。受けないといけないのか」というものであった。


改悪内容とアドバイス


現行月額24万円の賃金を25%カットして、18万円とする
909円(京都府最低賃金)×8時間×20日=14万5440円+歩合給とする。歩合給の内容は、Aさんの売り上げが月50万円を超えたら、超えた額の50%を積み立てておき、積み立てた金額を半年毎に支給する。①もしくは②のいずれかを選択でき、4月度より実施する。


 これらに対し、正当な理由がなく、本人の同意を得ず賃金を一方的に切り下げることは、違法・無効であることと、解決方法は「組合を結成し交渉する」、「一人でも加入できる組合に加入し、交渉する」、「労働局にあっせん申請」、「切り下げの拒否を会社に伝え、それでも一方的に切り下げてきたら、労働審判でも争える」とアドバイスをし、検討してもらうことになった。同日、「面談での相談をしたい」との電話があり、相談をセットした。


一次、二次面談を経て、組合加入


 3月26日、面談でAさんは「賃下げは納得できない」、「私の主な業務は、資料作りであり、営業職ではないので、歩合給が適用されるのは納得できない」と主張されたので、いくつかの解決方法を説明した結果、再度検討することになった。5日後の3月31日に「一人でも加入できる労働組合に加入し、現状維持を要求したい」との電話が入り、全労連全国一般労働組合京都地方本部を紹介し、「申し入れ並びに要求書」を作成し会社に郵送した。

 

申し入れ並びに要求書の骨子

 ①Aさんが本年3月31日に全労連全国一般労働組合 京都地方本部に加入したこと
 ②会社の賃金切り下げ提案を拒否すること。本人の同意なく、賃金を一方的に不利益

変更することは違法であること
 ③4月以降も従前の労働条件を保障すること
 ④団体交渉の日時・場所を連絡してくること

 

団体交渉を待たず、約2週間後に満額回答


 団体交渉を開催することもないまま、4月16日付の合意書(協定書)が組合に届いた。
 その内容は、「会社は今回の会社提案は撤回し、4月以降についても従前の労働条件を保障する」というもので、満額回答であった。


スムーズに解決した要因は?


 組合役員が「組合活動をしていること」を、日常的に居住区・知人に広く知らしめていたこと。会社の改悪提案を受けたAさんが、躊躇することなく近所の組合役員に相談したこと。組合役員が労働相談センターを知っていたこと(センターの周知活動の大切さ)。Aさんが直ちに組合加入を英断し、「改悪提案から撤回要求」まで素早く対応できたこと。「全労連全国一般労働組合 京都地方本部」の活動が、広く社会的に知られていることなどがあげられると感じている。

 

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【翻訳】新自由主義者が労働組合を攻撃することでもたらされたものとは?世界各国の動きからの考察。

新自由主義の失敗が生んだ右派ポピュリズム 労働者の権利、基本的人権への影響

国際労働組合権利センター事務局長 ダニエル・ブラックバーン

同研究員 キアラン・クロス

 

 以下の論文は全労連も参加している国際労働組合権利センター(ICTUR)が、国連人権理事会の「平和的集会および結社の自由」に関する特別報告者に提出した報告書の翻訳である。国連人権理事会の特別報告者制度開始10周年、また第44回人権理事会への特別報告者のテーマ別報告の準備に際して、過去10年の状況を確認し将来への方向性を示すために意見の募集が呼びかけられた。

 

 ICTURは世界各地で進んでいる右派ポピュリズムの勃興労働組合および基本的人権への影響に関して、数十年にわたってグローバル化の名で進んできた新自由主義と緊縮財政策労働組合と団体交渉への攻撃を結びつけて論じている。人権理事会に出されている報告書であるが、団体交渉と労働組合の攻撃という問題がグローバリゼーションの下で起こってきた出来事であり、新自由主義的な政策と安倍政治からの根本的な転換を目指す私たちにも極めて意義深い論考となっている。初出は国際労働組合権誌Vol.27の1・2号合併号で、ICTURの許可を得て全労連国際局・布施恵輔が翻訳した。見出しと写真は編集部で追加した。

 

 《危機の根源はどこに》

 

 この10年は、2008年の世界経済危機の反映であると特徴付けられる。世界のいたるところで、過去40年にわたる新自由主義的政策によるさまざまな被害に満ちており、金融システムの破壊を防ぐためにコストを労働者に押し付ける事例に満ちている。2008年の9月初め、欧州の労働組合はロンドン宣言を採択し、危機の原因は「ウォール・ストリート、ロンドンその他の金融センターの強欲と無謀さ¹⁾」であることを強調している。無頓着で自暴自棄な政府が銀行を支援し、その損失を社会全体で賄うようにした。国際金融機関の押し付けで、多くの国の政府は競争、効率化と成長の名のもと新自由主義の新たな攻撃を押し付けている。緊縮財政策の波が、労働組合の権利を制限し、長く機能してきた団体交渉システムを破壊した。団体交渉の分権化を狙った労働法の改悪に伴い、スト権の制限や労働組合活動の犯罪化も進んでいる。EU機構も加盟国に対し、いまだに当時と同じような経済、労働市場改革を要求している。2010年から15年にかけて、緊縮財政策を基本にした労働法改悪が89ヵ国で実施され、公的部門の雇用削減や賃金抑制を130の国の政府が実施、計画している²⁾。

 

 2010年代はかつてないレベルで労働者、市民の社会的行動がおこった。効果的な意味のある社会対話が欠けているために、これまでもそうであったように、世界中で労働者は不満や要求をデモや抗議行動という形で表現している。また労働者が声を上げることが法的に困難な国々では、人民の運動を機動隊、武装警官や軍隊を使って暴力的に弾圧する例が見られる。これらの事例の中には、バングラデシュやフィリピンなど弾圧の回数が多い国も含め、過激な暴力を行使する例が含まれることを注記したい。それらには欧州の国々の発砲事件も含まれ、イタリアでは労働組合活動家1名が射殺され、コロンビア、メキシコ、グアテマラなどでも労働組合活動家への弾圧が続き、特にカザフスタン南アフリカでは深刻な状況である。これらの事件は、2020年における結社と集会の自由の権利の現実を如実に表しており、強い言葉で批判されるべきであり、関係機関に被害者への支援、透明性と独立性が確保された捜査、背後関係者を含む関係者の訴追、被害を受けた全ての関係者への補償を要求する。

 

 このような背景のもと、経済のグローバル化に抗することの無力感から、各国のポピュリズムナショナリズム的な政治勢力が支持を拡大していることは危険な傾向だ。このような脅威となりうる政府に対し、特別報告者がその権限と将来の活動計画を再検討することを求める。グローバルな経済、政治システムは、過去の悲劇と同じ道を進もうとしている。昨年2019年のILO(国際労働機関)創立100周年は祝賀であると同時に、ILOが創立に至った背景を思い返す時でもある。より良い世界を作ろうという意思が分岐点を迎えていた時に、「永続する平和は社会正義を基礎としてのみ実現することができる」、そして「いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは、自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害となる³⁾」という考え方に基づいてILOは創立された。しかし、地球上でILOが創立されて10年に満たないうちに世界大恐慌が起こり、貧困と絶望が拡大し、移民と少数者に対する怒りが誤った方向に誘導された。拡大した絶望と恐怖がポピュリストやナショナリストファシストの運動によって人種差別主義を生み、かつてない規模の世界大戦へと繋がっていった。21世紀冒頭に起こった世界経済危機(リーマンショック)に続けて、世界中で起こっている憂慮すべき状況は、100年前に起こった歴史の悲劇と不思議なほど一致している。

 

《緊縮財政策と権利の後退》

 

 世界人権宣言と関連する条約の双方で、結社と集会の自由は国際人権の枠組みに重要な要素として位置付けられている。大戦後の人権の枠組みは、自身の生活を作り上げる政治的、経済的な力を行使する手段として労働組合を促進してきた。分権化された参加型の民主主義の推進手段として、それらの組織は世界に社会的側面を作り上げる装置として根付いた。20世紀中頃に多くの国々で団体交渉のシステムが構築され、団体交渉は世界の多くの労働者に持続可能な生活条件を保障するために重要な役割を担うようになる。草の根からの参加を支援する労働組合の組織とともに、労働者の「声」を反映させる機能の形成は、労働組合の組合員を基礎とし、労働組合の職場委員、支部の役員の深いネットワーク、労働者に力をつける教育、地域社会との繋がり、国レベルでの政治参加、草の根のレベルの地域社会における民主主義の定着に寄与してきた。

 

 2008年の世界経済危機後、世界中で全国あるいは産業別協約交渉の枠組みへの攻撃が起こり、危機以前の状況を根底から破壊するような変化が起こった。2009年始めに欧州労連は「大量失業」、「賃金凍結」と「賃金切り下げ」が押し付けられると警告している⁴⁾。ILOの研究によれば、2008年から13年までの5年間に、協約適用率は48ヵ国の集計で平均して4.6%減少している⁵⁾。最も適用率が後退した10ヵ国では、平均で21%も適用率が落ちている。後退幅が大きかったのはルーマニアギリシャの65%の減少(ルーマニアでは35%、ギリシャでは18%に減少)で、スロベニアでは92%から65%にまで減少している⁶⁾。2017年にブラジルでは、法令13467によって団体交渉における労働者の代表性と交渉の基本的枠組みが著しく破壊された。ITUC(国際労働組合総連合)の調査では、翌年にかけて団体協約数が45%低下している⁷⁾。2019年のITUCの調査では、団体交渉への攻撃は8割の国で見られ、スト権への攻撃は85%の国で見られるとしている⁸⁾。OECD経済協力開発機構)の新しい調査では、団体交渉が労働者の権利の「鍵」であり、「労働市場の機能を向上させる」ことができるが、「多くの国で労使関係一般が弱体化し、特に不安定雇用が増えている新たな雇用形態が、団体交渉権を圧迫している」としている⁹⁾。

 

 全国レベルの広範な協約の消滅と、産業支援の後退とともに、産別交渉より企業レベルでの交渉が優先され、企業レベルの協約が産別協約の水準を下回ることも容認する法改正が進んだ。これらの政策の進行によって、労働政策が一貫性を欠き、グローバルに強化されてきた自由市場の力によって近隣の職場同士でも労働者が競争を強いられる環境下において、労働者が集団的な力を行使することに破壊的ダメージを与えている。いうまでもなく、労働者が国のレベルの経済、産業政策に集団的に、また平和的に影響力を行使することは、この状況下で困難になっている。

 

新自由主義の下で進む組合攻撃》

 

 キプロスギリシャアイルランドラトビアポルトガルルーマニアのように過去10年間団体交渉を破壊する政策を実行した国々の政府は、国際金融機関やEUの指示でそれらの政策を実行している。それ以前にも80年代から90年代に労働組合の弱体化を狙った試みは、国際金融機関による構造調整策の名で、アフリカ諸国で行われた組織率の高かった公務労働組合への攻撃などがある。現在の労働組合攻撃の波の始まりは、1970年代終盤の新自由主義政策の開始に遡る。それは、それまでの社会対話黄金期へのレクイエムとも言えるものだった。英国は19世紀末には、機械生産業で産別団体交渉を確立したパイオニアであった。しかしこのころには、労働組合の権利に関する長期的なイデオロギー攻撃の世界のリーダー国になる。歴代の英国の政権によって、1979年には団体協約適用の労働者率は82%だったが現在は26%にまで低下した。英国の労組員数も1990年代までに激減し、当時のトニー・ブレア首相は、西側諸国における労組組織化関連法で最悪の法律と規制が成立したことを自慢している¹⁰⁾。

 

 2008年の世界経済危機以降、この攻撃はさらに加速度的に進み、労働組合の権利は世界中で危機的状況になる。2016年に英国労働組合法に結社の自由に新たな制約が加えられたように、職場での労働者代表、団体交渉、ストライキ労働組合の政治活動が攻撃されている。オーストラリアでは団体行動を違法化、組合組織に過度に介入し、組合つぶしをかつてない規模で推進する「Ensuring Integrity(公正確保)」法が、2019年に一旦廃案になったものの、すぐに政府に提案し直されている¹¹⁾。結社や集会の自由の権利行使が妨げられていることが最もよくわかる指標は、労働組合に対する暴力がかつてないレベルで広がっていることである。国際労働組合権利センターは労働組合の権利に関する監視や報告活動を通じて、センターの30年の歴史の中でも最悪の労働組合への暴力として、2つの事例を特に憂慮している。一つは、2011年12月にカザフスタンで起きた労働組合の集会での警察の暴力によって、16人が死亡し、他にも多くの死傷者が出た事件だ¹²⁾。2012年8月には、南アフリカの警察がストライキに参加していた労働者に対し、軍隊が使うような自動火器が使用され34人が死亡し、さらに多くの死傷者を出した。数百人のスト参加者が直ちに逮捕され、信じられないことに、なかまのスト参加者を殺害した容疑をかけられている¹³⁾。

 

 さらに、フィリピン、イランとバングラデシュで、公務と民間の双方の労働組合への暴力と弾圧が起こっている¹⁴⁾。また労働組合活動家への異質なレベルの暴力がグアテマラやコロンビアでも見られる¹⁵⁾。組織労働者への攻撃は何も発展途上国に限ったものではなく、欧州でも多くの暴力や弾圧が報告されている。2013年にギリシャでは、イチゴ収穫に従事していた200人余りの移民労働者が未払い賃金の支払いを求めたピケが、武装した集団により銃撃され、35人の労働者が負傷している¹⁶⁾。2015年のポーランドでは、労組活動家10人の解雇に抗議していた鉱山労働者に警察が発砲し、12人が負傷している¹⁷⁾。イタリアでは2016年にUSBという組合の活動であるアブド・エルサラーム・アフメド・エルダンフが、集会参加中にピケの列に突っ込んできた大型ダンプに轢殺された¹⁸⁾。2018年には同じ組合の移民労働者オルグのスマイラ・サコが銃殺されている¹⁹⁾。スペインではストライキと集会参加で結社と集会の自由の権利を行使しようとした労働組合活動家が起訴されている²⁰⁾。

 

グローバル化で労組と民主主義が危機に》

 

 法制化や規制改革、組織労働者に対して物理的で、時に致命的な攻撃を通じて労働運動を抑圧することが、グローバルな支配層の富の蓄積と並行的に起こっていることは不思議ではない。国際NGOオックスファムによれば、世界規模での格差は「衝撃的なほど固定的で大きく」、「過去10年で億万長者の数が倍増している」ことを憂慮し、「我々の経済システムは壊れており、馬鹿げたほど巨大な富が極貧と共に存在」している。「2015年以降、富裕層のトップ1%が、それ以外に保有されている地球上の富全てを合わせたより多くを保有している」と警告している。世界中の国々で、一部のエリートがその国の収入の大部分を手に入れている²¹⁾。ILOの仕事の未来世界委員会による2020年の報告書「輝かしい未来と仕事」によれば、「経済権力の集中、労働者組織と団体交渉の力の後退」が国内における格差の拡大を招いている²²⁾。ILOが使用する言葉(権力の集中、力の後退など)は2020年における労使関係の悲惨な姿を婉曲的に表現しているが、ICTURの活動から、使用者と政府の組織的な暴力と殺人が免責されていることは明らかである。今日労働者が直面している格差の現実は、数十年にわたる新自由主義理論の動きの中にあり、格差の拡大を固定化する役割を果たしてきた。

 

 団体交渉の枠組みの破壊が、新しい極右勢力のネットワークの活性化と同時進行で起こっていることは警告すべき点だ。もともと労働組合が強い小売りや公務などの産業での雇用の削減と、「フレキシビリティー」と使用者が宣伝しながら不安定雇用導入を可能にする雇用法制改革が同時に起こる中で、労働者はかつてのように集団的に攻撃を理解し、労働や生活条件を変更する攻撃に対して対抗するすべを体系的に奪われ続けているのだ。広範な労働者が全体として団結し、効果的な行動を組織する正式な組織機構が欠けていることで、現在の政治を特徴付ける分断と有害な人種主義が、部分的、あるいは全面的に力を持っている。この組織機構は、孤立、迷い、過激主義への傾向への重要な防波堤の役割を歴史的に果たしてきた。ITUCが2019年に発表した報告書では、「職場の民主主義のまさに基礎」が破壊され、向こう見ずな労働政策によって「平和と安定が危機」にさらされているとしている23)。産別団体交渉機構の中央化が民主化プロセスで果たす役割は、1970年代に全体主義が崩壊したギリシャポルトガル、スペインの例で明らかである。国際金融機関とEUの要求で、国の政策が上記の3ヵ国においても歪められている

 

《結社の自由を制限しながら、労働者保護から除外する》

 

 全ての種類の労働者に適切な労働規制と社会保護に基づく給付を確保するという課題は、ILOが2015年に採択した「非公式な経済から公式な経済への移行に関する勧告(204号)」で示されているように、大きな懸念となっている。この点で過去10年余りの主な傾向は、勧告とは逆方向となっている。世界で非典型雇用が大きく増加し、ほとんどの発展途上国ですでに広まっている、インフォーマル経済での雇用がさらに増大している。このような雇用形態には、臨時、短期契約、パートタイム、季節労働、オンコール労働(0時間契約雇用)、委託、派遣などのほか、擬似雇用や雇用類似の労働者などがある。これが、世界中で労働法や社会保護から除外された労働者の割合を拡大させており、最低賃金、育児休暇などの制度、医療や年金、病気休暇や退職金やその他の給付の権利を持たない労働者となっている。英国での医療格差を10年にわたって研究したマーモット報告によれば、「2010年以降英国の平均寿命の伸びは止まっており、この現象は1900年以降起きていない。(中略)社会経済状況を表す指標の多くが2010年以降格差の拡大と悪化を示している」²⁴⁾。工業国での不安定雇用の増大は特に顕著で、2019年には英国の労働者の3%が0時間雇用契約で働いている25)。

 

 工業国での不安定雇用の増大は、労働コスト削減のために法の抜け穴と規制のギャップを使用者が利用するようになり、組合の組織化を避け、団体交渉を弱体化させようとする。そして、グローバル経済の進展でその国の労働力市場がより「競争力」を確保するために、「フレキシブル」な労働市場政策を各国政府が促進するようになる。このような条件のもとで労働基本権を行使することは、ひかえめに考えても野心的で、結社の自由の権利行使は不安定雇用労働者には差別的に制限されており、組合攻撃の形態として非典型雇用を戦略的に使用者が利用していることは明確である²⁶⁾。社会保障や収入補償がないために、不安定雇用労働者は、契約不更新など使用者の実力行使に対して、特に弱い立場にある。ごく小さな脅しであっても、萎縮効果は絶大だ。このような労働者は、仮に労働法がそれを保障していても、職場における基本的権利の行使に見えない壁が立ちはだかっており、適用が遅いことや罰則規定が十分でないことがしばしばある。

 

 非典型雇用には、女性、青年と移民労働者が不均衡に多くなっている²⁷⁾。移民労働者はグローバル経済に由来する一つの要素であり、建設や家内労働で多く見られる。2018年にILOは、世界の移民労働者人口が1億6400万人に増大しているという推計を発表し、国際地域紛争や貧困によって拡大しているとした²⁸⁾。特に、臨時雇用の移民労働者制度は、強制労働や借金による束縛の危険性が高い。トルコは、インフォーマル経済で働く移民労働者が直面する複雑で困難な課題の実例となっている。世界最大の難民人口を抱えるトルコでは、フォーマル経済(正規の経済)で働く労働者にしか組合員になれない。400万人いるとされる移民労働者にとって、労働組合権の行使には使用者が移民労働者の雇用を正規雇用に切り替えることが必要になる²⁹⁾。

 

 技術革新も、雇用のあり方を大きく転換させており、「ギグエコノミー」や「クラウドワーク」と呼ばれる雇用の拡大は、労働者保護のあり方に新たな課題を投げかけている。Eコマースやデジタルプラットフォームがわずかな巨大企業の手にあり、各国の労働法制のもとにあるデジタル経済で働く膨大な労働者が法の保護を受けることのないよう、膨大な額の投資をして抵抗している。欧州各国で、ギグエコノミーで働く「個人請負」労働者に労働者性を認めさせる裁判があるが、その結果はさまざまである。米国のカリフォルニア州では個人請負労働者に保護を認めさせる法改正が2018年に行われたが、アプリケーションを利用するビジネスを展開しているウーバー、リフト、ドアダッシュなどの企業は直ちに3000万米ドルを投じて、新法から彼らの下で働く労働者を除外させるキャンペーンを開始した³⁰⁾。

 

 アイルランドで不安定雇用の社会的文脈を調べている研究者は、不安定雇用の仕事は、通常低賃金で組合組織率が低く、年金、病気休暇、子育て休暇などの重要な制度から除外されている。不安定雇用はしばしば労働者を圧力、虐待、搾取から弱い存在にしてしまう。住宅、医療や家庭生活において、労働者が家庭をでて自立する可能性を不安定雇用労働が奪い、そのことによる不満がさらに不安定な生活につながる結果となる³¹⁾。不安定雇用にはまり込んだ労働者は、「登っているはしごの段が抜け、そのはるか先に届かないように感じられる」。これまでの世代が享受してきた雇用保障から構造的に除外され、労働基本権の保障からも除外され、職場民主主義(経済民主主義のことではない)への意味ある参加ができない。インフォーマルやオンデマンド経済の労働者は流動的であるというだけでなく、自らの条件に不満を抱え、方向を見失わせられている。

 

《極右ポピュリズムと結社の自由》

 

 世界は急速に変化している。テクノロジー、移民、気候変動が、長く機能してきた国家によるそれぞれの規制に課題を投げかけている。仕事の世界の大きな変動はすでに進行中であり、各国政府とこの変化に対応する国際機関は危機に陥っている。国連の2020年版世界社会報告では以下のように述べられている。

 

 「仕事の世界における不透明さ、斬新な変化とそれに取り組む各国政府と国際社会の準備との間には、大きな開きが存在している。政府はこの分断に対して労働市場の機能と労働政策への投資を拡大し、非典型雇用契約や正規労働の外で働く新しいタイプの労働者が声を上げることを保障するために、集団的な代表制の新しいあり方を作ることができる32)」。

 

 各国政府はこの課題に対応可能だが、その取り組みは不十分だ。オックスファム・インドのアミタバ・バハールは2020年のダボス会議で「貧富の格差は自発的な格差解消策では解決できない。格差解消にコミットしている政府が少なすぎる³³⁾」と批判している。現実は新しい形の集団的な代表制が発展する以上に結社と集会の自由が攻撃され、これまでインフォーマル経済のものとされてきたような労働条件が、世界的に標準的な労働条件になっている利益が超富裕層や巨大企業の株主にわたり、(合法も犯罪も含め)税逃れによって多くの政府の収入が減り民間と公務双方の債務が労働条件と生活条件へのかつてない攻撃に利用されており、貧困、失望と怒りが固定化されている。世界金融危機が既存の秩序への信用を根本から損ない、長年存在してきた国際機関への敵愾心が拡大している。労働者は、権利と安定が消失し、労働者の要求を実現するための枠組みや組織も失われている未来に直面している。多くの人にとって未来は、良質な雇用を期待し、経済成長への道筋が明確で、適切な住宅を手に入れることができ、社会保障、医療、教育などの良質な公共サービスが期待できないものになっている。

 

 ICTURは、労働者の集団的な組織と代表制のメカニズムの破壊が、1980年代から世界で続く変革の重要な側面であることを指摘してきた(2008年の世界経済危機でその傾向は加速している)。これまで主張してきたように、これらの変革は労働者を孤立化させ、方向性を見失わせ、貧困化させる効果しかない。労働組合や政党の支部での定期的な会議などを通じて労働者が集団的に声を上げ、政治的な意識をもち、階級的連帯によって自らのアイデンティティーを自覚する手段として存在していた労働運動が、大規模に破壊されたことによって、かつてなく、また恐ろしいレベルで社会が変容する道が開かれた。今やそれらは、オンラインのソーシャルメディアという場を通じて、民間のSNS会社が管理している「公的」なスペースが、情報入手の唯一の場となる事が多い。自らと同じような耳に入りやすい主張をするグループへと収斂され過激な主張や誤情報に接するようになることで、主張の両極化や対立につながりやすくなっている。ITUCが指摘するように、オンラインのフォーラムやソーシャルメディア機能は、現在の国際的な極右の勢力の中心的な推進力となっている³⁴⁾。

 

 このような状況下において、民主主義は明らかに危機的状況である。ナショナリズムファシズム的なポピュリズムが、世界の数十の国で高揚しており、これらの主張を掲げる政党が選挙で議席を伸ばしている。いくつかの国では、極右ポピュリストの戦術を利用する政治家や政党が政権を握っている。ITUCはこの状況をより強い言葉、「右派ポピュリストと全体主義者の政権が、世界人口の半分以上を代表している³⁵⁾」としている。ICTURは世界の労働組合とともに、右派ポピュリズムの波を深く憂慮しており、ポピュリストの戦術とより過激で反民主主義的な政治主張が支持を集める現状に警戒感を持っている。自分たちは「取り残されている」と感じる、あるいは自分たちをグローバリゼーションの「敗者」と考える人たちの怒りが熟した状況だととらえている。極右とネオファシズムの運動は、権利を失い、住宅、雇用、教育、医療などのサービスへのアクセスを奪われるという人々のまっとうな不安、恐怖を、自らの主張と政治目的に利用し、マイノリティ、移民、難民は彼らの「敗北」の原因であるとスケープゴートにしている。右派ポピュリズムのこの側面は、政治の漂流に効果的に働きかけており、この新しい政治が向かう方向には十分に警戒すべきである。

 

労働組合の役割は決定的》

 

 我々は、彼らの支配を打破し、新自由主義と緊縮財政策によって力を失った労働者に力を与えるために、労働組合は決定的な役割があると考えている。国連の2020年世界社会報告が述べている集団的代表制に関する結論を利用して、立ち向かうことができる。OECDも過去数十年にわたる団体交渉とその適用の破壊政策を転換するよう政府に求め、「仕事の未来において団体交渉を利用するには政府の介入が必要³⁶⁾」としている。ITUCは草の根レベルでの労働者の関与を呼びかけ、関与と参加、声をあげることの再構築が必要であり、「投票行為の先に、地域社会の声を拾い上げる手段とともに、協議、三者構成主義と対話がなければ、信頼は回復できない」としている。国際労働組合組織は、それらなしには「全体主義の高揚はチェックできない³⁷⁾」と警告している。

 

 しかし我々は、労働組合の組合員の最も基本的な権利が守られるだけでは不十分だと強調したい。他の人と同じように組合員はポピュリズムになびくこともあり、かつて労働組合組織が支えていた地域や産業、職場における参加型民主主義の崩壊によって、権利の剥奪がいかに進んだかを理解することは重要だ。2019年の欧州議会選挙で極右勢力に投票した組合員が、自身の選択に雇用、安定の欠如、不安定化の他にも、自分の社会的保護が失われるという恐怖が影響したと述べている³⁸⁾。したがって、組合員だけでは右派ポピュリズムの高揚とたたかうことはできない労働組合の権利が完全に守られ、反労働組合法や予算削減、緊縮財政策によって弱体化し破壊された職場と地域社会を再構築するために、十分な力を労働組合が発揮しなければならない。結社の自由と団体交渉権の完全な尊重が、不安定と非正規化によって生じる不安とたたかうために必要な枠組みを労働組合に与え、労働者が自身の人生に影響する問題に関与する力を与えることになる。

 

 特別報告者に対し、次の十年の方向性を策定するにあたって、結社の自由を鍵として力強く効果的な団体交渉の枠組みとリンクした職場の労働組合構造が、決定的に重要であることを特別に強調することを私たちは求める。右派ポピュリズムを世界規模で高揚させている孤立、方向性の喪失、不安、不安定化の入り混じった状況を打破する活動を特別報告者の権限で行うべきだ。特別報告者の権限において、労働組合の構造が適切に機能し、職場と地域のレベルで労働者同士がつながり、職場、地域、全国と国際レベルで経済、政治がより広くとらえられることが、目的を達成するためには欠くことのできない要素であるという強いメッセージを出すべきである。

 

1)欧州労連2008年ロンドン宣言https://www.etuc.org/en/document/london-declaration-call-fairness-and-tough-action

2)「緊縮財政と労働市場規制緩和:高リスクと弱い正当性」、フアン・パブロ・ボホスラブスキー、国際労働権利誌24号(2017年)

3)ILO憲章前文

4)経済と社会の危機:欧州労連の立場と行動、2009年2月18日、欧州労連

5)「団体協約適用の傾向:安定、消滅か後退か?」、2017年2月、ILOブリーフィングペーパー

6)同上、ILOブリーフィングペーパー

7)グローバル権利指標2019年版、ITUC発行

8)同上、グローバル権利指標、ITUC発行

9)条件向上のための交渉:仕事の世界に変容における団体交渉、2019年11月18日発行、OECD

10)「国民が思うよりも、私は政府の中でよりラディカルだ」オブザーバー紙、1997年4月27日

11)「2016年労働組合法:内容とその目的」、雇用権利研究所、2017年3月1日およびフェアワーク法2019年改正案(Ensuring Integrity)への国際労働組合権利センターの所見https://www.aph.gov.au/DocumentStore.ashx?id=b3e9fdb9-41fb-49e4-a056-2384f2a1688f&su bId=668439

12)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたカザフスタンに関する報告、また2015年発行の国際労働組合権誌(IUR)Vol22参照

13)国際労働組合権誌(IUR)Vol22、2015年

14)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、また2020年発行の国際労働権誌(IUR)Vol26 14ページ「Interventions」および「労働組合権の否定」、ダニエル・ブラックバーン著、国際労働組合権誌Vol20(2013年)参照

15)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたカザフスタンに関する報告:https://www.upr-info.org/sites/default/files/document/guatemala/session_28_-_november_2017/ictur_upr28_gtm_e_main.pdf、国際労働権誌Vol25、2号、3号(2018年)P14「Interventions」参照

16)ニック・バニョ著「血に染まったイチゴ」国際労働組合権誌Vol.21、3号(2014年)

17)国際労働組合権誌Vol.22、1号(2015年)p14, 「Interventions」

18)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたイタリアに関する報告:https://www.upr-info.org/sites/default/files/document/italy/session_34_-_november_2019/ictur_upr34_ita_e_main.pdf

19)人権理事会定期レビュー、第3回(2017年から21年)、国際労働組合権利センターによって提出されたイタリアに関する報告:https://www.upr-info.org/sites/default/files/document/italy/session_34_-_november_2019/ictur_upr34_ita_e_main.pdf

20)フスス・ガレゴ著「民主主義への攻撃」国際労働権誌Vol. 214号、2014年

21)https://www.oxfam.org/en/press-releases/worlds-billionaires-have-more-wealth-46-billion-people

22)「輝かしい未来と仕事」、ILO仕事の未来世界委員会報告書、ILO、2019年

23)グローバル権利指標2019年版、ITUC発行

24)「英国の健康格差:10年間のマーモット検証報告」、健康格差研究所、2020年、http://www.instituteofhealthequity.org/the-marmot-review-10-years-on

25)労働力調査:ゼロ時間契約データより、英国国家統計局、2020年2月18日

26)公正なグローバル化のための社会正義宣言に基づく職場における権利の中核条約に関する一般調査、ILO条約勧告適用専門家委員会報告、報告書III(1B)、国際労働事務局2008年発行、パラ935〜937

27)「世界の非典型雇用:課題を理解し展望を探る」、ILO、2016年発行

28)国際移住労働者ILOグローバル推計、2018年12月5日

29)ビルグ・ピナール・エニグン著「トルコのシリア難民:雇用と労働組合の対応」、国際労働権誌Vol. 23、3号、2016年

30)ジョン・マイヤーズ、「ウーバー、リフト、ドアダッシュがカリフォルニア労働法に9000万ドルを投じて挑戦する」、ロサンゼルスタイムス、2019年10月29日

31)アリシア・ボベク、シニアド・ペンブローク、ジェームス・ウィックマン著、「不安定とともにある生活:不安定雇用の社会的影響」、欧州進歩研究基金(FEPS)および社会変革の行動に関するシンクタンク発行、2018年

32)「輝かしい未来と仕事」、ILO仕事の未来世界委員会報告書、ILO、2020年

33)「世界の億万長者は46億人の富の合計以上を保有している」、オックスファム・プレスリリース、2020年1月20日https://www.oxfam.org/en/press-releases/worlds-billionaires-have-more-wealth-46-billion-people

34)「自由報告:平和、民主主義と権利」、ITUC、2019年10月発行

35)同上「自由報告」、ITUC、2019年

36)条件向上のための交渉:仕事の世界に変容における団体交渉、OECD、2019年11月18日発行

37)前述「自由報告」、ITUC、2019年

38)同上「自由報告」、ITUC、2019年

 

ダニエル・ブラックバーン ロンドンの国際労働組合権利センター事務局長、国際労働組合権誌と『世界の労働組合(第6、7、8版)』の編集者であり、法廷弁護士。人権の修士号において優秀な成績を修め、パトリック・ソーンベリー賞を受賞。1999年に研究員として国際労働組合権利センターに参加。

キアラン・クロス 2015年から2020年まで国際労働組合権利センターで研究者として在籍し、現在はベルリンで哲学の博士課程に在籍。法学では準修士、国際経済の法、公正、開発においては修士課程を優秀な成績で修めた。欧州憲法・人権センター(ECCHR)とグリーンピースにおいてコンサルタントとして働いた経験がある。

 

( 月刊全労連2020年10月号掲載 )

 

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【論文】新自由主義とフェミニズムの関係性とその展望についての論文をご紹介します。コロナ禍のしわ寄せが女性に集中する現在、改めてその根本原因に迫るヒントになるかもしれません。

新自由主義ジェンダー平等運動~高まるジェンダー平等労働運動の役割~

愛知淑徳大学名誉教授 石田 好江

 

《はじめに》

 近年のジェンダー平等を取りまく状況をみると、#MeTooイクメンなど変化も感じられる一面もあるが、現実には従来の男性中心的な職場慣行も、家庭内での性役割分業もあまり変わっていない。そのこと以上に気になるのは、とりわけ若い女性たちの間に、そうした現状を変えようというジェンダー平等のような運動に対し(左翼運動に対しても同様であるが)「時代遅れ」「抑圧的(上から目線)」という空気感がつくられ、退けられていることである。その空気感は「社会は変えられない・変わらない」という諦めや無力感、さらには「自分に問題があるのだからしかたない」という自己責任感へと繋がっている。


 こうした現状を生み出している原因は多様に考えられるであろうが、そのひとつは新自由主義の強靭さを運動の側が甘く見ていたことにあるのではないかというのが本稿の問題意識である。新自由主義改革を単なる規制改革だと考えていなかっただろうか。新自由主義のレトリックで称揚される主体的な選択、能力開発といったものに、女性の自立や自己決定、エンパワーメントを掲げるジェンダー平等運動が取り込まれたりはしなかっただろうか。


 本稿では新自由主義ジェンダー平等の関係を検証した上で、新自由主義に絡めとられないためにジェンダー平等運動に何が求められるのかを考える。とくにその中で、ジェンダー平等運動における経済的公正・再配分のたたかいの弱さという反省に立ち、文化的公正のたたかいを経済的公正・再配分のたたかいに統合させる運動の必要性と、その担い手であるジェンダー平等労働運動の役割の重要性について述べてみたい。

 

1 新局面の新自由主義

(1)新自由主義の多面性

 

 1970年代、失業率とインフレ率が同時に上昇するスタグフレーションが世界的規模で進行し、税収が急落、財政支出が増大した結果、各国で財政危機が発生した。新自由主義は財政危機によってケインズ主義的福祉国家政策が機能しなくなったところに、市場の自由を再び確立しようと登場したものである。一般的には、規制緩和・競争・フレキシビリティというキーワードで表されるような市場の論理の拡大、民営化などの公機能の縮小と変質、国家と個人の間にある中間集団の崩壊に伴い、社会的連帯の喪失と個人化の進展、とりわけ、市場の論理の拡大にとって妨げとなる労働組合は弱体化させられる、と理解されてきた。しかし、新自由主義論の第一人者であるデヴィッド・ハーヴェイはこうした理解だけでは十分に新自由主義を捉えきれていないと、以下のような点を指摘する。


 第1は、新自由主義は「資本蓄積のための条件を再構築し、経済エリートの権力を回復するための政治的……プロジェクト」(ハーヴェイ2005=2007:32)であると、新自由主義市場原理主義という理論ではなく政治的な実践であると捉える。また、市場か国家かではなく、新自由主義をエリート権力の回復・維持のために必要ならば国家介入も厭わないものであるとしている。


 第2は、新自由主義への転換を可能にするためには、民衆の同意形成が重要な役割を果たしたとする点である。新自由主義は「われわれの多くが世界を解釈し生活し理解する常識(コモンセンス)に一体化してしまうほど、思考様式に深く浸透している」(ハーヴェイ2005=2007:11)とハーヴェイが述べるように、国家の介入や規制政策を個人の自由という価値観の対立物と認識させるような巧妙な言説が同意調達に使われた。1968年の世界的規模で展開した学生運動が、個人的自由を求めていたことで新自由主義に取り込まれた代表的な事例であると説明する。


 第3は、新自由主義は自身が発生させる諸矛盾に対応するために新保守主義と手を結ぶとする指摘である。社会的連帯が破壊され個人がバラバラになり不安感や無力感が高まる、あるいは犯罪などの反社会的行為増加への危惧が増す中で、道徳やナショナリズムなどの新保守主義や権威的ポピュリズムが復活するという。


 新自由主義とはこれまでの私たちの理解とは異なり、政治的なプロジェクトであり、したがって国家介入も厭わないものであることがわかる。また、ここまで新自由主義が受け入れられた理由は、私たちがそれを受容可能とするような同意形成が行われたこととともに、新保守主義とも手を結び私たちの思考や行動に深く浸透していることにある。

 

(2)2008年の「市場の失敗」以降も生き延びる新自由主義の強靭性

 

 2008年に起こっリーマンショックという金融危機は、まさに「市場の失敗」、新自由主義の敗北のはずであった。リーマンショックの対策としてとられた公的資金の注入などの政府による強力な市場介入を機に、新自由主義の終わりが始まるものと考えられた。しかし、事実はそうはならなかった新自由主義は、一方でケインズ主義的な政策を実施しつつ新自由主義的政策も執拗に追求するという形態を取りながらしたたかに生き延びている


 それは日本においても確認できる。国家予算規模についてみると、8年連続で最大を更新しており、新自由主義が目指す「小さな政府」とは程遠い状態となっている(2020年度の国家予算は102兆6580億円と過去最大の規模である)。その一方で、所得税法人税の引き下げ消費税の引き上げによって所得再分配機能は大きく後退させている。また、直近の2019年6月に発表された「規制改革推進に関わる第5次答申」では、副業・兼業の促進、テレワークの促進、副業の日雇派遣の緩和などさらなる規制緩和を推進する新自由主義政策が躊躇なく大胆に進められている。


 ハーヴェイの新自由主義分析きわめて優れたものであるが、2008年以降もしたたかに生き延びている新自由主義の強靭性の分析として不十分であると指摘しているのが酒井隆史である。酒井はフーコーとそれ以降の政治社会論を踏まえ、新自由主義の統治性を分析する。その上で、ハーヴェイのアプローチは「経済的イデオロギーとしてネオリベラリズムをとらえる傾向があり、……政治的合理性としてのネオリベラリズムという視点が希薄」(酒井2019:518)であると指摘し、その視点を「日常的リベラリズム」と表現する。私たちがいまのこの無慈悲な競争原理の導入や富裕層優遇の税制を受け入れ、諦めてしまっているのは、「ネオリベラリズムの感性をその統治術の一環としての主体化を通して形成されてきた」(酒井2019:524)ことによるものである。それほどまでに私たちの生活全体、私たちの存在そのものに新自由主義が深く浸透しているとみる。この状態を生み出した契機を酒井は「日常的リベラリズム」と名付けたのである。
 

 酒井は、なかでも、競争の役割に注目し、現代の社会は市場競争における競争という契機をすべての中枢に据えた社会であるとみる。競争にさらされること、能力を高めることが健全化を促すとみなされる社会、それによって絶えず能力評価にさらされ、監視される社会に私たちは生きている。新自由主義政策は至るところに競争環境を人為的に構築し、その競争を保証するよう作動するのである。「日常的リベラリズム」は、一方では自由で主体的な選択、能力開発、「自己責任によってみずからの生を運営する」(酒井2019:527)という形で作用する側面と、競争にさらされる不安感が他者への従属や無力感(諦め)を強めるという形で作用するという側面の両面を持っているのである。


 酒井の指摘でもうひとつ重要なのは、リベラリズムはデモクラシーとは相性が悪いが、独裁・権威主義とは親和性が高いという指摘である。デモクラシーは市場をかく乱する危険な理念であるのに対して、権威主義的国家がリベラリズムの原理をもって運営することは合理性をもっており、「いまわたしたちが経験しているのは、まさにこのネオリベラリズム権威主義的要素が加速しながら拡大していることです。トランプ、ボルソナーロ、エルドアン習近平プーチン、安倍、大阪維新の会と、世界的な極右の擡頭とネオリベラリズムの政策の強化はまったく矛盾していません」(酒井2019:551)と述べる。

 

2 ジェンダー平等と新自由主義


(1)新自由主義と日本のジェンダー平等政策の共犯性

 

 新自由主義ジェンダー平等との関係をめぐっては既に多くの議論が交わされてきている。そこでは、概ね、新自由主義政策によって女性はより厳しい状況に追い込まれるとともに、女性の間の格差が拡大したということが共通の認識になっている。また、日本のジェンダー平等政策と新自由主義との関係については、上野千鶴子は、女性労働力活用を目的にしているという意味で日本のジェンダー平等政策は新自由主義改革の下で展開されたものであると述べた上で、これまでになかった多様な選択肢を増やしたという点では女性にとってチャンスを与える効果はあったが、それは性差別の姿を変えさせただけのものであったとみる(上野2013:230~254)。


 日本のジェンダー平等政策が新自由主義的なものであったことは事実のようであるが、ここではさらに、ハーヴェイや酒井の分析を参考にしながら、日本におけるジェンダー平等政策のもつ新自由主義的性格とそこに使われている新自由主義のレトリックを確認してみたい。


 日本の新自由主義は欧米より遅れ、小泉内閣時代(2000年代)から本格化したといわれているが、少なくともジェンダー領域のところでは1985年の男女雇用機会均等法(以下、均等法)と労働者派遣法の成立新自由主義改革のスタートであろう。新自由主義にとってはそのことが資本に合理的かどうかが重要であるため、男女を一元的に区別することはしないし、身体性も問題にしない。したがって、均等法が男女に機会だけを均等に与えることは新自由主義にとって何ら問題ない男性仕様の働き方は変えずに、女性たちがそれに適用できるかどうかまでは問わない、結果は自己責任というまさに新自由主義的な法律である。均等法に合わせて導入されたコース別人事制度の下で、昇進・昇格の閉ざされた一般職コースを選択したのは個人の自由な意思によるものであり、そこには差別性はないと差別が正当化され見えなくなった。その後の男女賃金差別裁判において、それ以前は認められていた差別性が均等法を理由に認められなくなったことは、この法律の新自由主義的性格をよく表している。


 均等法から15年を隔てて1999年男女共同参画社会基本法が施行された。この法律は国や地方自治体の施策の指針を示すための法律という性格上、男女の差別的な取り扱いを具体的に是正することよりも、法律の前文に示されているように「男女が対等な社会の構成員であること」「男女が互いにその人権を尊重し合うこと」「性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮できること」の啓発に重きが置かれた。各自治体がそのために作成したパンフレットには「キラキラ輝く個性」「自分らしく」「エンパワーメント」という文字が躍った。啓発の結果、この法律が「女性は自分の意思と責任で能力を高め、それを発揮して自分らしく主体的に生きることができる」という空気・規範を作り出すことに一役買ったことは事実である。しかし、性差別の是正は後景に退き、見えにくくなった。これが個人の自由を重視する新自由主義のレトリックであることは、ハーヴェイや酒井の分析からも明らかである。


 さらに、2015年には女性活躍推進法が制定された。この法律がアベノミクスの成長戦略に盛り込まれた「女性の活躍推進」に基づいて制定されたものであるということだけで、新自由主義政策であることは明白である。つまり、人口減少・労働力不足という国家的大問題を解決するために女性の労働力「活用」しようというのである。既に述べたように新自由主義は個人の自由を根源的に重視することから男女を一元的に区別することはない。性別にかかわらず個々の能力を発揮してもらうことは経営効率を高めることになるわけで、有能な女性の活用は必定だからである。

 

(2)ジェンダー平等労働運動の役割の重要性

 

 ジェンダー平等の運動が、女性の労働市場への進出(もっと働けるようにしてほしい)を目標のひとつにしてきたことは事実だが、女性を単に働かせようという新自由主義ジェンダー平等政策とは似て非なるものである。だからこそ、均等法、男女共同参画社会基本法、女性活躍推進法が制定される度に、ジェンダー平等の実現を目指す陣営は制定に反対し修正を迫る運動を展開してきた。均等法に対しては、女性保護規定の撤廃反対や機会の平等だけではジェンダー平等は実現できないことを主張してきた。男女共同参画社会基本法については、平等ではなく「参画」という用語を使うことのいかがわしさに異議申し立てをしてきたし、女性活躍推進法については、同一価値労働同一賃金原則の適用や長時間労働等の日本的雇用慣行の是正と併せて実施することの必要性を訴えてきた。しかしながら、こうした運動が大きく広がることはなく、成果をあげられていないことは事実である。


 新自由主義的なジェンダー平等政策に取り込まれてしまったのは、ジェンダー平等運動自体に原因があると、ジェンダー平等運動(フェミニズム)と新自由主義の親和性・共犯関係を指摘しているのが、ナンシー・フレイザーである。フレイザーの主張は『再配分か承認か?』(フレイザー/ホネット2003=2012)以来、何度も論じられているものであるが、その主張が簡潔にまとめられた文章が「The Guardian」のサイトに寄稿されている。「フェミニズムはどうして資本主義の侍女となってしまったのか」(フレイザー:2013=2019)という刺激的なタイトルのその論考の中で、フレイザーは以下の3点でフェミニズム新自由主義に貢献したと指摘している。


 第1は、フェミニズムの家族賃金(夫の賃金で家族を養うというモデル)批判である。フェミニズムが公認した「2人稼ぎ手モデル」は、結果的に女性を低賃金で不安定な労働市場に引き出すとともに、男性の賃金引き下げを許すことになったと指摘し、新自由主義は「フェミニズムの家族賃金批判を搾取の正当化のために利用することで、女性の解放の夢を資本蓄積のエンジンに結びつけている」と述べる。第2は、フェミニズム政治経済批判よりも文化的な性差別批判ジェンダーアイデンティティ・ポリティックス=女性の奪われた価値を取り戻し正当に認められることをめざす承認の政治)に傾注したことで経済的不公正を犠牲にすることになったという点である。第3は、女性のためのNGOを例に挙げ、市民をエンパワーメントし、国家権力を民主化しようという展望がいまや、市場化と国家の削減を正当化するために利用されているという指摘である。

 

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原文:How feminism became capitalism's handmaiden - and how to reclaim it | Nancy Fraser | The Guardian

日本語訳が掲載されたBLOG:ナンシー・フレイザー「フェミニズムはどうして資本主義の侍女となってしまったのか」 : おきく's第3波フェミニズム (exblog.jp)


 フレイザーの主張は日本にぴったりと当てはまる。「自分らしく輝く個性」といった新自由主義的レトリックで称揚された女性の主体性エンパワーメントが、ジェンダー平等運動のアイデンティティ・ポリティックスと符合したことから、新自由主義に取り込まれ、性差別、ジェンダーヒエラルキーを変革する力が弱まってしまったという日本の状況はこの説明の通りである。


 フレイザーはそこから、新自由主義との危険な結合を断ち切りジェンダー平等運動(フェミニズム)を再生するシナリオを3点にわたって提示する。第1は、賃労働を脱中心化し、ケア労働などの賃金化されない活動を尊重する生活様式にすること、第2は、文化的公正のたたかいを経済的公正のたたかいに統合させること、第3は、参加民主主義の重視である。その中で注目すべきは、文化的公正のたたかい(性差別に関わるたたかい)を経済的公正のたたかい(再分配のたたかい)に統合させる必要という主張である。「文化的公正のたたかいを経済的公正のたたかいに統合させる」ことの具体的内容について、フレイザーは今回紹介したペーパーには書いていないし、本稿もこれまでの「再配分か承認か」の論争に踏み込むつもりはない。ここでは、男女間の経済格差のように文化的公正と経済的公正が交錯する問題、さらには階級的な再配分(経済的公正)の問題に取り組むこと、それを強化することがいま、ジェンダー平等の運動にも求められているという点に耳を傾けたい。したがって、文化的公正のたたかいが階級的なたたかいに還元されないということはいうまでもない。ハーヴェイが指摘したように、新自由主義は経済エリートの権力を回復するための、あるいは富の多くを自分のところに集中させている経済エリートの権力維持のための政治経済的実践である。その新自由主義に立ち向かうためには、ジェンダー平等運動において政治経済マターである経済的公正・富の再配分へのたたかいの重要性や階級的観点をもつことは不可欠である。そう考えると、「文化的公正のたたかいを経済的公正・再分配のたたかいに統合させる運動の必要という主張はきわめて説得的である。


 では、その中心的な担い手には誰がなりうるかというと、上記の理由から労働運動以外にはないジェンダー平等労働運動である。ジェンダー平等の運動の中で労働運動の役割が高まっているということである。ここで「女性労働」とせず、「ジェンダー平等労働」としたのは、ジェンダー平等運動の中で労働問題を主題化させるだけでなく、労働運動の中にジェンダー平等を主題化させるためである。これまで、女性労働運動は男性中心・男性モデルでつくられた労働環境や社会を真に性中立的なものに変え経済的不公正を改善しようと運動を展開してきたが、男性モデルで作られた職場や社会を性に中立的なものに変えるのは女性だけの問題ではない男性たちが自分の問題にしない限りこの問題は解決できない。労働運動の中で女性の問題が周縁化されてきたという側面があることは否めない。ジェンダー平等の問題を女性の問題としてゲットー化せず、労働運動の中心に据えることが重要なのである。それは男女の対立を深めることではなく、労働者全体の経済的な公正の実現につながることとして捉えることで可能になる。


 ジェンダー平等は男性の既得権を奪うもの、労働者に与えられたパイを男女で奪い合うことになると理解している男性たちも多い。確かに、ジェンダー平等の運動に経済的公正・富の再配分の観点が欠けていたことが、「労働者に与えられたパイを男女で奪い合う」とか「労働運動に男女間の対立を持ち込むことになり危険だ」という認識を生んでいたことは否定できない。既に述べたように、そこを乗り越えようというのが本稿で提案した「文化的公正のたたかいを経済的公正・再配分のたたかいに統合させるジェンダー平等労働運動」である。

 

3 いま、求められるジェンダー平等労働運動とは


(1)女性の低い経済力の問題を運動の中心的課題に

 

 文化的公正のたたかいを経済的公正・再配分のたたかいに統合させる運動としてジェンダー平等労働運動を提案したが、その中でも中心的課題は、文化的公正と経済的公正・再配分の問題が交錯する男女間の経済格差の問題、すなわち女性の経済力の低さ、女性の貧困の問題である。新自由主義がもたらした最も特徴的なものは不公正な経済格差である。しかし、その影響は男女に同じようにもたらされたわけではない。性差別、ジェンダーヒエラルキーを組み込んだ労働市場では女性たちのところに強く影響が表れるからである。


 まずは、男女間の経済格差を確認してみよう。世界経済フォーラムが2019年12月に発表した報告書において、日本のジェンダー・ギャップが153ヵ国中121位と過去最低の順位になったことが話題になった。「経済活動の参加・機会」「教育の到達度」「健康と寿命」「政治活動への参加・権限」の4要素のうち日本においては、とりわけ経済活動と政治活動のところでジェンダー格差が大きいことが指摘されている。


 その経済活動の指標のひとつに男女の年間所得格差があるが、日本においては女性の所得は男性の54%でしかなく、順位は108位である。因みに、総合ランキング2位のノルウェーのこの値は79%フィンランド、ドイツ、フランス、アメリなども70%前後で、先進国の中でも際立って低い。日本の元データは国税庁の『民間給与実態統計調査』のもので、課税・非課税にかかわらず1年間に何らかの所得のあった人を対象に調べたものであるが、同じデータで所得分布を作成してみると(図1)、女性の6割300万円未満のところに集中していることがわかる(200万円未満は約4割)。

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 女性の経済力・稼得力の格差こそが、労働市場における性差別、ジェンダーヒエラルキーを反映したものである。子どもを持つ女性が排除される(男女が同等にケア責任を負うことを前提にした労働市場や職場になっていない)、非正規でしか働けない(女性にとって正社員への入り口は新卒のところだけ)、低賃金の職種のところに女性が配置される、低賃金で性労働力が確保できないところに女性が募集される、女性向け職種と呼ばれるところは不安定・低賃金、同じ職種・同一労働でも女性の方が低賃金(責任や期待値の違いといった理由で区別される)、昇進・昇格からの排除等々、男女の経済格差の性差別要因を挙げたらきりがない。これらの構造的な要因を解決しない限り女性の経済力は上がらない。同時に、この構造を変えることは、不公正な能力主義や競争原理に縛られて働く男性にとっても働きやすい労働環境をつくることにつながっている。


 新自由主義改革は一般的に女性の間の経済的格差を広げると言われている。図2はその点を確認するために、女性労働者の増加がどういう業種で起こってきたのか(高賃金業種で拡大したのか、低賃金業種で拡大したのか)を見たものである。2001年から2018年の中間年である2010年の賃金構造基本統計調査から、女性が多く働く農林水産・製造業を除く広義のサービス業30業種を所定内給与金額で、4グループに分けた。そのグループの労働者数(短時間労働者を除く一般労働者:フルタイムで働く非正規労働者を含む)の経年変化を、2001年を100として示したものである。上位グループには金融保険業、情報サービス業、技術・専門サービス業など、中位上グループには医療、卸売業など、中位下グループには福祉介護業、衣料品等小売業など、下位グループには飲食料小売業、飲食業、その他事業サービスなどが含まれる。

 

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 この20年間の変化をみると、情報サービスや教育・学習支援業のところでの増加が反映され、上位グループが1.3倍に上昇している。一方、下の方は、下位グループが低下、中位下グループが1.6倍に上昇している。中位下グループの大半は福祉介護業での増大である。これをどう見るかである。新自由主義改革は上位グループで働く女性を増やすと言われているが果たしてそう言えるであろうか。確かに上位グループのところで伸びているが、それが必ずしも高賃金職かどうかはわからない情報通信業で働く女性の35%、技術・専門職で働く女性の40%は非正規雇用である(2018年『労働力調査』)。さらに重要なのは中位下グループの上昇である。なかでもその増加が医療・福祉分野の階層制の最底辺におかれている介護労働者のところで生じているという点である。深刻な介護労働者不足が生じているにもかかわらず介護報酬は上がらない。それを支えているのが、「女性は介護職に向いている」「介護は家事の延長であり、誰でもできる仕事」という言説である。なぜ女性なのか、なぜ介護職は低賃金なのかはそこに原因がある。


 新自由主義改革の女性への影響をみる限り、男女の経済格差の改善は遅々として進まず(2010年から2018年までに男女の所得格差は0.7ポイント改善されただけ)、かといって女性間の格差が生じるほど女性の一定層が上位グループに進出したかというとそれもなく、女性労働市場は非正規労働者の増加と賃金水準の低い層の増加に見られるように全体として劣化しているといわざるを得ない。


(2)個別性に寄り添う活動の強化を

 

 先に紹介したフレイザーは、新自由主義下でジェンダー平等運動(フェミニズム)が弱体化したのは、ひとつは経済的公正への取り組みを怠ったこと、もうひとつはフェミニズムのもつアイデンティティ・ポリティックスが新自主主義のレトリックに取り込まれたことによるものと指摘した。


 筆者はその指摘の前者を重視し、ジェンダー平等運動における労働運動の役割の重要性を述べた。それに対し、菊地夏野(2019)はフレイザーの指摘の後者に注目し、女性たちの間に生まれている主体的に能力やスキルを向上させようとする「女子力」現象を、フェミニズムの二律背反性に付け入ることによって生み出された「ネオリベラル・ジェンダー秩序」であると捉える。この状況は、酒井が名付けた新自由主義の規範が私たちの生活全体、存在そのものにまで深く浸透する「日常的リベラリズム」によって生まれている状況と同じものである。新自由主義に対抗できる運動をつくっていくためにはこの視点も無視できない。


 菊地も酒井もそのために必要なこととして社会的連帯とデモクラシーの必要を述べるが、それ以上の具体的な記述はない。確かに、新自由主義、とりわけ現在の権威主義新自由主義が破壊したものは社会的連帯とデモクラシーであることから、この2つを取り戻すことが求められていることは間違いない。


 これについて十分な具体的方策を提案できるほどの力量を筆者は持ち合わせていないが、1点だけ提案するとすれば、個別性や個人のリアリティに寄り添った活動を強化することではないだろうか。既にどっぷりと新自由主義の規範・空気に浸かっている者、とりわけ新自由主義改革の下で育ってきた若者たちは、優勝劣敗の原則や自己責任を内面化し、孤立している。自己肯定感が低下している者に、集団的な対応は抑圧にしか感じられないし、闘争のスローガンも彼らには無力である。とくに、女性たちは男女を一元的に区別しない新自由主義のレトリックの下で「女性は自分の意思で能力を高め、その能力を発揮できる主体的な存在である」と称揚される一方で、職場や結婚生活の中で根深い女性差別に遭遇し、男性以上に生き難さを感じている。


 そういう者たちのところに社会的連帯やデモクラシーを取り戻すためには、個人の個別の問題に耳を傾け、対話し、その人の意思を尊重しながらその問題を解決するような活動を重視していかなければならないのではなかろうか。新自由主義が前提とする個人(近代的個人像)は、自己決定・自己責任に表されるように他者に依存しない、自立した個人という特徴を有しているが、その裏返しとしてその行動には自己防衛的、排他的な性格が表出する。個人の生き方や思考様式にまで浸透する新自由主義に対抗するためには、このような自己防衛的、排他的な個人像からいかに脱却するかが求められる。その手掛かりは、個人のところに降りていく活動、つまり、異質な他者や多様なニーズをもつ他者との関係性を重視する活動にある。こうした活動を通じてつくられる新たな個人こそが、社会的連帯やデモクラシーの主体となりうるのである。また、そのためには従来の活動・運動のスタイルを修正することも必要であろう。従未の労働組合運動や革新運動にしばしみられるような権威主義的、ヒエラルキー的な活動スタイルは、個人に対して抑圧的に作用するだけでなく、女性、若者、非正規労働者など言説資源の乏しい者にとっては敬遠の要因になる。新自由主義の新局面に立ち向かうためには活動・運動のあり方も変革を求められているということである。

 

《おわりに》

 

 ジェンダー平等の労働運動と名称は変えたが、取り組む内容は従来の女性労働運動と大きくは変わらない。女性の貧困問題は女性労働運動の中心的な課題であったし、労働相談にも力を入れてきた。したがってここでは、女性労働運動の中身を変えるというより新自由主義の強靭性を認識した上で、ジェンダー平等労働運動の果たす役割を再確認し、運動をバージョンアップしていくことの必要性を強調した。


 今回のテーマを考えるきっかけになったのは、2019年12月、はたらく女性の神奈川県集会で、『82年生まれ、キム・ジヨン』という本を題材に講演するよう依頼されたことであった。この小説には30歳代前半の主人公の女性が、自己実現への強い思いと韓国社会の根強い性差別の間で苦悩する様子が描かれており、韓国はもとより、日本でも女性たちの間で話題になった。韓国は1997年のIMF危機の後、急激な新自主主義改革が実施され、競争の激化、雇用の非正規化が進んだ新自由主義改革の影響は男性以上に女性たちに打撃を与えており、その結果は子どもの出生率が0.98(低いといわれている日本でも1.42)というとんでもない数字に如実に表れている。この本を読んだ多くの日本の若い女性たちが「キム・ジヨンは私だ」と言った。他人事では済まされないところに私たちは既に立っているのである。その意味でも新自由主義に対抗するための運動を構築することは急務である。

 

参考文献
上野千鶴子(2013)『女たちのサバイバル作戦』文春新書
菊地夏野(2019)『日本のポストフェミニズム 「女子力」とネオリベラリズム』大月書店
酒井隆史(2019)『完全版 自由論 現在性の系譜学』河出文庫
ハーヴェイ・デヴィッド(2007)『新自由主義 その歴史的展開と現在』渡辺治監訳、作品社(David Harvey, A Brief History of Neoliberalism, Oxford University Press,2005)
フレイザー・ナンシー(2013=2019)「フェミニズムはどうして資本主義の侍女となってしまったのか」菊地夏野訳『早稲田文学』2019年冬号
フレイザー/ホネット(2012)『再配分か承認か? 政治・哲学論争』加藤泰史監訳、法政大学出版局(Nancy Fraser/Axel Honneth, UMVERTEILUNG ODER
ANERKENNUNG? , Suhkamp Verlag, 2003)

 
いしだ よしえ 愛知淑徳大学名誉教授。2018年3月に定年退職し現職。女性労働問題研究会前代表。東海ジェンダー研究所理事。専攻:社会政策学。近著:『社会福祉ジェンダー』(共著 ミネルヴァ書房 2015)、「公共性の再定義と生活ガバナンス」(『愛知淑徳大学論集 交流文化学部篇』6号 2017)、「生活ガバナンスによるまちづくり」(『生活経営学研究』NO.55 2020 3月)

 

( 月刊全労連2020年6月号掲載 )

 

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【宮城】労働組合がタクシー会社を経営したらどうなる!?運転手の労働条件を改善し、園児の送迎など地域にニーズに応えるタクシー会社が誕生! #労働組合ができること 自交総連・秋保交通労働組合

宮城県〉自交総連・秋保交通労働組合 労組と住民とで共につくる地域交通 

編集者・ライター 池田武士

 

 自交総連は、ハイヤー・タクシー、自動車教習所、観光バス労働者の組合です。業種ごとに政策を掲げ、タクシー分野においては「安心・安全、持続可能な公共交通を担うタクシーをめざして」とする政策を提起して、たたかいの方向を示しています。

 

 宮城県秋保温泉は、JR仙台駅から路線バスで一時間ほど。仙台市太白区秋保町湯元に位置し、鳴子温泉(同県)・飯坂温泉福島県)とともに奥州三名湯の一つに数えられています。その温泉町で、自交総連秋保交通労組の仲間が地元住民とともに「地域交通の拡充新交通システム実現)をめざす活動に取り組んでいます。歴史ある温泉町で「政策」が“きらり”光る取り組みを紹介します。

 

《住民の期待広がる「地域交通」拡充の取り組み》

 

 その推進役を担っているのが「秋保地区の交通を考える会」(2018年1月発足)です。地域住民や地元事業者等を対象に地域交通に関するアンケート調査や報告会等に取り組むなかで、仙台市が進める『みんなでつくろう地域交通スタート支援事業』に認定され、「まちづくり専門家派遣制度」によるアドバイザーを迎え、専門的な助言や技術的な支援が得られるようになりました─と話すのは、発足時から同会役員を務めて来られた青野邦彦さん(秋保交通代表取締役・社長)。

 

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後列中央が青野邦彦さん(「考える会」の役員会にて) 2020年3月

 

 ―弊社では、仙台市教育委員会からの委託事業で6年前から「あきう幼稚園」の園児さんの送迎事業をやっています。卒園する児童の保護者さんから不便なバスでは小学校通学が非常に心配との声が寄せられていました。同時に近くの医院の院長先生からは、高齢者の足がなく、診察を受けた高齢者がバス待ちのため1時間2時間待合室にいなければならない、なんとかならないかとの相談を受けていました。

 

 ―私は地域交通として、特にデマンド型の整備を考えていたのでその案を提示すると、自然に地域交通に関心を持つ有志集まってきました。構成メンバーは、元秋保連合町内会長さん、馬場小学校PTA副会長さん、秋保地域包括支援センター所長さん、職員さんなどです。

 

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秋保の交通について意見交換する地域代表の皆さん

 

《労働者が作った会社にしかできないことをやろう》

 

 青野さんは、自身の秋保交通一般タクシー&観光タクシー【秋保交通】秋保温泉から仙台・宮城の観光スポットへ (akiukotsu.com) )との関わりと合せてタクシーをめぐる問題、タクシーの果たす役割など、想いを込めながら話してくれました。

 

 ―弊社の前身は、自交総連組合員が争議(秋保交通労組のたたかいの経過は末尾参照)をたたかい、勝利した際の解決金・退職金を仲間が持ち寄り設立した会社です。

 

 ―私はその当時、仙都タクシー労組(本社・仙台市宮城野区)の書記長をしていました。その後、同社を退社しましたが、労働組合が立ち上げた会社であることに惹かれ秋保交通に入社しました。そのときの気持ちは、「あまたのタクシー会社が己の利潤追求のみに走り、劣悪な労働条件を労働者に押し付け憚らない現状をなんとかしたい、国と大企業の都合で労働者をさらに劣悪な生活水準に落とし込む体制に一矢報いたい」。言ってみれば「階級的怒り」だったかもしれません。

 

 ―秋保交通初代社長が死去した後、縁があって私が社長就任しました。このとき思っていたのは、「労働者が作った会社にしかできないことをやろう、タクシー業界のイメージを変えよう」でした。

 

 ―まずとりかかったのは、労働を正当に評価するということでした。今でもそうですが、タクシー業ではいったん会社を出ていくと労働時間がいくらあったか、休憩時間をどのくらい取ったか、残業時間がどのくらいあったか、深夜労働の時間はどのくらいだったか等々はつかみづらく、いわゆる「みなし労働」で労働を評価するというのが一般的です。一般的に「賃率」と呼ばれている歩合で、実際の労働とは関係なく、「売上高×賃率」という単純計算で賃金が支払われていました。

 

 ―少し詳しく言うと、仮に賃率53%の歩合給のなかに3%の「残業代」と2%の「深夜割増賃金」、1%の「通勤手当」、ひどいところになると3%くらいの「有給手当」が入っていて有給休暇をとらせないそのうえで労働者は一律同様に働いていると「みなす」というもの。こんなことが許されるのでしょうか。一人ひとりの働き方はそれぞれ違いますし、頑張って働いている労働者はきちんと評価されるべきです。労働の中身を把握するのが困難だから「みなし労働」も仕方ない…。そんなことはありません。時刻をきちんと管理しさえすれば、困難なことは何もありません。

 

 ―弊社では拘束時間、労働時間、休憩時間、深夜割増時間管理、労働の正当な対価として賃金を支給しています。他社では賃率に含まれる通勤費も外に出し、実費で支払っています。子育て世代には、養育手当も支給しています。それでも会社は存在できることを証明し続けています。

 

 ―そんななかで、秋保交通は労働条件のいい会社だと評価が高まってきているのは、私にとってとてもうれしいことです。

 

《タクシーは「ドアtoドア」のサービスが得意な公共交通》

 

 ―ここで少しタクシーをめぐる大きな動きを紹介します。今国会(記事執筆当時)では、道路運送法の改悪が目論まれています。ライドシェア(下表参照)導入の突破口としての位置づけである自家用有償旅客運送法の拡大解釈、改「正」の問題です。ご存知のとおりライドシェアが導入されれば、移動の安全・安心は根本から崩壊します。絶対許してはなりません。

 

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自交総連パンフレット「危険な白タク ライドシェア Q&A」より引用

 

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上記の表と同じパンフレットより引用

 

 ―自家用有償旅客運送が導入された地域は、どういった地域だったでしょうか。鉄道やバス等の公共交通機関が全くなく、タクシー会社もない地域に、やむなく導入されたものです。誤解を恐れずに言えば、タクシー会社すら見捨てた地域ではないかと私は言いたい。

 

 ―私は移動する権利基本的人権の一部を構成していると思っています。だから図体のデカイ公共交通機関たる鉄道やバスに比べ、伸縮自在の面的移動ができ、「ドアtoドア」のサービスが得意なタクシーこそが、こうした交通不便地域で有効に活用されるべきだと考えています。急速な少子高齢化が進行し、運転人口が減少している時代にあって、タクシーの果たすべき役割は、新たな需要とともに高まってきています。

 

 ―もう一つタクシーを取り巻く大きな環境変化があります。IT革命の進行で主に通信情報産業からの業界参入です。「アプリ配車がそれにあたります。ウーバーやディディなどは、日本では一気にライドシェア参入にはいかないとみると、大手タクシー会社と手を結び配車事業切り替えました。そして市場分割をめぐって激しい競争を展開しています。一方、キャッシュレス決済の普及もあり、中小のタクシー事業者の営業利益はIT企業への支払手数料を考えると大きな出費を覚悟しなければなりません。激しい競争のなかで弊社のような零細企業が生き残って行くための基本戦略を考えなければなりません。それは地域におけるタクシーに活躍の場を見出し、他事業者に追従することなく独自の道を歩むこと、新しいIT技術を導入地域に密着した交通を構築することが弊社の生き残る道だと考えています。

 

《新交通、年内にも実証実験住民参加広げて取り組み強化》

 

 ―「会」では、秋保地区の市バスの現状、バス路線から遠隔地に住む方への新しい公共交通機関の提供等が話し合われました。町内1400戸アンケート調査を行い、バスに寄せる住民の意識調査、改善要望、将来の方向などを調査しました。その結果、ダイヤ改善や始発と終着停留所の延長等の要望とともに、新たな公共交通機関の整備が必要な地区があることが明らかになりました。

 

 ―これらの調査結果、住民の要望を仙台市へ伝え、地域交通整備を求めるために、真に地域代表として会の再編をめざしました。新しく秋保旅館組合理事さん、秋保中学校校長先生各町内会長さん、みやぎ商工会秋保支部さんなどに加わっていただき、新しい「秋保地区の交通を考える会」として発足しました。

 

 ―会は現在、地域住民の足確保と同時に秋保地区の観光資源を生かすための観光客の足確保という両面で動いています。地域交通整備が秋保の交通だけにとどまらず、経済、文化、教育、観光に貢献するものとして確信しているからです仙台市との交渉も都市整備局を中心に定期的に行っています。仙台市の新制度『みんなで育てる地域交通乗り乗り事業』(2020年4月より)を使い、年内にも実証実験が行われるところまできました。

 

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 ―私はこれを機に会を辞退しようと思っています。というのも、関係者から実際の運行事業者選定をめぐって「利益誘導とみられるのがイヤだからです。後は相談役くらいはして行きますが。

 

 ―タクシーは、その特性から地域交通の要となりうるし、地域の経済、文化、教育、観光を育てる大切な移動手段であり資源だと思います。その資源を守り育て、新しい技術を添えて次の代に引き渡すことができれば、東北の一地方でタクシーが新しい役割を担っているという証左になるかもしれません。

 

 ―コロナ禍の影響秋保温泉ではホテル旅館の大半が営業を取りやめています。通常の営業も特に夜間の国分町を中心にガタ減りです。4月に入ってからタクシーの売上は対前年比でわずか38%。弊社開業以来最大の危機と捉えています。

 

 ―企業存続のため雇用調整助成金制度を活用するなど対策に取り組んでいるところですが、前年の雇用保険確定額から導き出された平均賃金額の60%から100%の支給額に対する90%の助成ですから、労働者にも事業者にも厳しい内容です。あらかたの事業者では60%の支給率を採用するようですが、弊社では70%で労使協定を結びました。ほんのわずかしか支給できず、申し訳なく思っています。それにつけ、日本という国はどうしてこんなに冷たいのでしょうか。このままでは、一企業がつぶれるのではなく社会全体がつぶれてしまいます。移動を制限するのであれば、それにともなうあらゆる産業に補償をセットで付けるべきです。意地でも存続をはかります

 

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 【別稿】秋保交通労組のたたかいの経過 秋保交通労組の前身は、自交総連宮城地連「秋保温泉タクシー労働組合」です。

 

 小泉政権によるタクシー規制緩和が強行され、仙台市内ではタクシー車両が増大し営業収入の落ち込みが社会問題化しました。当時の経営者(秋保温泉タクシー)は1999年、労使合意していた年末一時金の不支給を掲示したため裁判闘争に発展。地裁・高裁で組合側が勝利し、会社側は最高裁まで上告しましたが却下。その後、5年かけて組合が全面勝利。この間、経営者側は交渉の中で秋保温泉営業所の廃止を通告してきました。

 

 執行部で議論した結果、廃止したら秋保地域の人たちが不便になる、裁判で勝ってもこの経営者の顔を見ながら仕事するのは嫌だ、等の意見が出るなか宮城地連より「組合で経営する自主経営会社の道もあるよ」と提案され、裁判闘争と合せて自主経営会社を立ち上げる準備に掛かりました。

 

 2003年9月、秋保温泉タクシー労組は第37回定期大会で「自主経営会社設立」を決めました。

 

 2004年3月6日、秋保交通社員総会(組合員が会社設立資金を持ち寄り)、3月9日に臨時大会を開き「秋保交通労働組合」に名称変更後、私保交通として営業車の出発式を行ないました。

 

 2004年9月26日、秋保交通労組は第38回定期大会に引続いて、「年末一時金支払請求事件、勝利判報告集会」を開催、現在に至ります。

秋保交通労組 執行委員長 東海林銀次(記)

 

 

 

( 月刊全労連2020年7月号掲載 )

 

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【東京】アニメーターの「やりがい搾取」をやめさせるために #労働組合ができること。連続テレビ小説「なつぞら」の頃から続く取り組みとは? 映演労連・東映動画労働組合

「悟空」が元気玉を作る そんなアニメ職場をめざして 

ライター 坂本誠一

 

 今回は、映演労連・全東映労働組合連合・東映動画労働組合(動画労組)を紹介する。動画労組は、東映グループの中で(株)東映アニメーションで働く労働者で組織した労働組合である。

 

 日本の映画興行では、依然としてアニメが堅調な売り上げを維持している。2019年では、年間最大興収を上げた『天気の子』(140億2000万円)を筆頭に、『名探偵コナン 紺青の拳』(93億7000万円)、『劇場版ワンピース STAMPEDE』(55億3000万円)などがヒットを上げた。洋画作品では、『トイ・ストーリー4』(100億8000万円)、『アナと雪の女王2』が120億円を突破し、年間興収ベスト10アニメが5作品を占めた。

 

 日本動画協会が発表した最新の「アニメ産業レポート」では、2018年の売上総額2兆1814億円(前年比100.9%)と、2兆円市場を維持しつつ横ばいながらも6年連続で規模が拡大していると報告している。またアニメ制作会社の収入高(売上高)合計は2131億7300万円となり過去最高を更新したが、2兆円産業と言われながら制作者(制作プロダクション)にはその10分の1しか還元されていない。しかもその多くを東映アニメなど、大手のプロダクションが占めている。

 

 2018年はアニメ製作会社の倒産6社休廃業・解散5社、合計11社となり過去最多となった。19年は拡張するアニメ産業の裏側にある「過酷な労働現場」の報道がメディアやネットでも多く発信された。「アニメ100年」「2兆円産業」という「光」の一方で、月収10万円前後過酷な労働を強いられる「闇の世界」、その多くは雇用契約によらないフリーランサーだが、その実態は、会社に長時間拘束され、明確な業務指示もあり日々締切りに追われる日常となっている。最賃法違反社会保険未加入残業代不払いだけでなく、こうした偽装請負をごまかすために机代やペン代を徴収する悪質なピンハネ行為も横行している。

 

《「やりがい」と長時間労働是正の苦悩》

 

 これまで日本製アニメが海外で競争力を維持できた要因格安の制作費があった。多くの製作スタジオが労働者を偽装請負労基法から逃れることで常識外の低額制作費で成立してきた。また「やりがい搾取」と言われるように、アニメの仕事に就く若者が体を壊してでも安い賃金で働くこともよく耳にする。最低賃金以下の収入の人も頻繁にみられる。「働き方改革」では大手アニメ製作会社を中心に改善対応が迫られ、会社はこれに社外発注を増やすことで対応したため、労基法の適用外となる請負労働者フリー労働者しわ寄せが集中している。

 

 東映アニメは練馬大泉スタジオにアニメ制作としておよそ500人の労働者を抱えている。数年前まで労働者の約半分は本来直接雇用の労働者を委託契約として働かせ(偽装請負)、残りの半分もフリーとはいうものの会社に席を置き、長期間働いているスタッフであった。動画労組は本来のフリーといわれる立場にある人は、その1割にも満たないと捉えている。

 

 東映アニメは18年の労働契約法の改正に先立って、16年にそれまで偽装請負の契約者約250人契約社員に雇用変更し、労基法適用に踏み切った。しかし、長時間労働は以前のまま手を付けず、いくら働いても賃金が変わらない裁量労働制を導入した。36協定(月45時間・特別条項月60時間)も締結したが、当時は月100時間の時間外労働も当たり前の状況であった。しかし、19年4月からの働き方改革による長時間労働規制は、36協定の厳密化と罰則を明確にしたため、締結内容が労使間で効果を発揮することとなった。

 

 会社はこの年の夏に公開される『劇場版ワンピース STAMPEDE』について、「スケジュールが厳しく、36協定の特別条項を上限の月80時間に変更してほしい」と要請してきた。

 動画労組の基本方針は労働者の命と健康を守る立場から「特別条項なし」であったが、アニメ作りに取り組んでいる組合員や現場労働者の声も無視できず、条件付きで月80時間を受け入れ、その経緯を非組合員に説明する会を開いた。

 

《組合結成当時から受け継がれた、労働環境改善と雇用差別反対のたたかい》

 

 動画労組は社員と契約社員、フリー労働者の格差是正を大きな問題として取り組んでいる。契約社員化で基本給が社員に準じる額で設定され、定期昇給の制度も確立したが、昨年の生補金(一時金)は年2回それぞれ、社員「3.2ヵ月+3万円」に対して、契約社員は組合の計算で「平均1.83ヵ月+3万円」大幅な格差が残っている。

 

 また家族手当の支給対象を「年収700万円未満」と制限を設けており、組合員を狙ったともいえる不当な制度も焦点となっている(家族手当は労基法適用後2年遅れて導入)。正社員は30歳代前半でほぼ全員が課長に昇進し、各種手当がなくなるとともに、これを上回る課長手当に変更になる。しかし契約社員は、40歳代後半になるころ、子どもが高校、大学に進学する一番資金が必要な時期に手当が打ち切られる。会社は「これからは正社員も課長に昇進させない者もいる」と発言しているが、現状、例外的な場合を除き該当者がいない。多くの子どもたちに夢を与えるアニメを作っていながら、従業員を差別し子育て支援もないがしろにする制度が継続している。今後、「同一労働・同一賃金」も法制化された中でのたたかいが重要である。

 

 動画労組は、毎年ストライキを背景とした春闘を展開している。2019年は、新大泉スタジオのガラス張りエレベーターに「ダイオウイカイワシの群れ」に「フリーの単価を大幅UP!」とロゴを入れたステッカーを1階から4階まで貼り付ける大規模なもので成功させた。このストライキには、映演労連の役員や東映グループの他単組代表、同じアニメ産業の亜細亜堂労組の委員長、地域の練馬労連からも支援の挨拶を受け、ストライキを大きく成功させた。

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2019年ストライキのステッカー行動

 

 2019年の回答は「2000円(前年同期)のベースアップ(6年連続のベア獲得)」や「家族手当は中学生までの子ども1人当たり2000円」の手当増額であった。さらに「積立年休の10日間拡大で50日間」「契約者共済と社員共済の一体化」の回答があった。

 家族手当について年収700万円制限撤廃・生補金の「〇ヵ月回答」には改善無し、など問題点は残ったが、一方でフリー労働者も支給対象になる特別褒賞金は、決算を反映して年間3回支給され総額63万円(昨年総額59万円)と過去最高となった。

 

 非正規労働者偽装請負の労働者が、春闘を通して最終的に正社員と同程度の定期昇給やベースアップが回答されていることは、日本のアニメ界では異例ともいえる成果であるが、本来、正社員も非正規も生活に必要な賃金は変わらない。

 

 動画労組は過去非正規の労働者社会保険適用交通費の支給共済会の充実退職金制度少しずつ適用させ、その積み重ねが最終的な労基法適用につながった。同時に現在「ドラゴンボール」や「ワンピース」の二次利用(アニメ配信の収益やゲームでのキャラクター使用料)が会社の大きな収入源で純利益100億円を上げるほどになっているが、これらの作品は偽装請負やフリースタッフであった多くの労働者で作られてきた。

 

 長年の会社の雇用政策は、経営状況が悪くなれば、現場の労働者を「フリー化する」という姿勢であった。このため動画労組は、春闘・秋闘では会社の経営状況を聞き出し、雇用を守りながら現場の人材を確保することが恒常的な課題であった。当たり前の言葉になるが、「運動の継続」が労働者の待遇を改善させ、会社の経営を健全化させたといえる。

 

《テレビ小説「なつぞら」の現場でいい作品作りと人間らしい働き方を求めて》

 

 NHKの2019年の連続テレビ小説なつぞらでは、ヒロインの奥原なつが戦争で両親を失いながらも懸命に生き抜き、草創期の日本のアニメの世界に飛び込んでいく姿が共感を呼んだ。この舞台のモデルになったのは東映アニメだ。

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連続テレビ小説 なつぞら (nhk-ep.com) より引用

 

 東映動画労組1961年に結成した。組合ニュース第1号には「私たちの作品に対する愛情と団結の思いを込めた労働組合」と宣言している。

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 結成執行部の1人女性アニメーターイオニアで、「なつぞら」のヒロインとなった奥山玲子さんである。当時は入社時に「結婚して子どもができたら辞めます」と誓約書を書いたとのこと。労組の運動出産退職制度を廃止させ、奥山さんが出産後、仕事を続けた最初の1人となる。

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奥山玲子さん http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/okuyama/okuyamareiko.html より引用

 会社は1963年、テレビアニメに参入し、これを機に作品本数や出来高で賃金を払う「契約者」と呼ばれる個人請負の労働者を急増させた。労組は契約者の待遇改善を訴え、それから40年後の2016年に契約者への労基法の完全適用、無期雇用制度を団体交渉で合意した。いい作品作りと人間らしい働き方を求めるたたかいであった。

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なつぞら」の場面でもよく登場した中庭でのストライキの様子

 

《根本的な改善めざし、フリー労働者の組織化を》

 

 現在、会社は史上最高の売上げを続けている。東映アニメが業界に先かげて労働条件の改善を実現できる環境は整っている。

 

 大泉スタジオ内で働く人は約500人、社員>契約社員>フリー労働者と雇用格差が明確に存在している。これに対して組合員は50人弱である。組織の拡大は要求を実現させる上からも避けて通れず第一義的に追求しなければならない課題だ。とくに、フリー労働者、派遣労働者の組織化が重要で、動画労組だけでなく映演労連フリーユニオンなど個人加盟の組合への組織化も含めて進めていく必要がある。

 

 動画労組のたたかいに組合員は、「東映アニメの関連会社から偽装派遣の状態で働いていましたが、動画労組に加入して、2001年に東映アニメの直接雇用が実現しました。組合の執行委員になることをずっと避けてきましたが、会計監査に就任して初めて団体交渉に出ることになりました。それまで組合役員が言っていたことは半信半疑でしたが、会社は私たちの要求に『対応している』と言うだけで、実態は変わらず厳しい労働者の生活まで考えていないことがわかりました。以前の自分が偽装派遣のままだったら、使い捨てにされるだけだったと思います。アニメが好きでこの業界に入ってきましたが、好きなだけではいい作品は作れないこともわかりました。働いている人たちがまとまって、会社と交渉するしかないと思います。同じ偽装派遣で働いていた人やフリー労働者に組合加入を呼びかけて要求を会社にぶつけたいと思っています」と語る。

 

 沼子哲也動画労組副委員長は、「動画労組の人員構成を考えると、3つの問題点があります」という。

 

  1. 組織率が低い
  2. 契約社員のみで正社員・フリー労働者が組織されていない
  3. 高齢化している。

 

「組合として春闘・秋闘の運動を全労働者の労働条件アップに取り組んでいますが、未組織の労働者の要求と一致していないように見られてしまいます。正社員との格差是正が前面に出るため、正社員にとって組合の要求は、『今さら』感があり、フリー労働者については、雇用関係がないということで会社は回答せず春闘で妥結を乗り越えて闘争するまで連帯することができていません。フリー労働者の賃上げ(出来高単価・担当料のアップ)は、効果的な方針が打ち出せないでいます。しかし、アニメ産業の多くの労働者が、いまだに年収100万円程度で生活しており、この部分を改善できなければ、今後アニメの仕事に就きたいという若者もいなくなります。動画労組は過去に何度ともなく、労基署や労働局に会社の実態を相談に行きましたが、『あなた達は労働者ではない』の言葉で門前払いになります。しかし労働組合に加入することで、団体交渉はできます。私たちも組合に入っていながら、春闘回答の対象にならないという経験を数年間過ごしました。でも今の動画労組なら、フリー労働者が組織されれば全力で会社から回答を引き出すことができます。アニメ産業の根本的な改善には、フリー労働者の組織化が必要です。未組織の組合員に『少し自分の仕事を止めて、連帯した運動に時間を割いてほしい』、ドラゴンボールの悟空が元気玉を作るような、そんな思いがずっと続いています」とこれからのたたかいへの熱い決意を語った。

 

( 月刊全労連2018年6月号掲載 )

 

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【北海道】少数組合だからといってなめてもらっては困ります!パート職員1400人、嘱託職員400人の雇用の安定を勝ち取りました。#労働組合ができること 金融労連・北洋銀行労働組合 佐藤一枝

非正規の雇用安定確保 パートと嘱託職員の無期転換を実現

金融労連・北洋銀行労働組合 中央執行委員長 佐藤 一枝

 

 金融労連北洋銀行労働組合は1946(昭和21)年に結成された歴史ある組合です。1971(昭和46)年に経営側に組合を分裂させられ、現在の組合員は10人。しかし、分裂後20数年もの間、三桁の組合員が残ってたたかってきました。一貫して労働条件を守るために頑張ってきた組合です。

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 これまで、不当配転問題・けんしょう炎闘争・夫婦同居闘争・昇格差別闘争・女性昇格闘争・女性の定年延長(45歳定年を60歳に)などに取り組みました。今では当然のことが、たたかわなければ解決できない大変な時代でした。けんしょう炎闘争では48人という全国一の労災認定を勝ち取りました。

 

 1998(平成10)年、北海道拓殖銀行が経営破たんし、北洋銀行が業務を継承。システムを拓銀のものにしたことから、組合員もシステムを勉強するため、毎日業務終了後に残業して勉強しました。

 

 そうした中、営業店の課長だった組合員の斉藤久恵さんがくも膜下出血で倒れ、2日後に亡くなりました。仲間からは「これは労災だ」「もしかしたら自分だったかもしれない」との声があがりました。労災認定が棄却されたため、組合は労災認定を求め提訴7年ほどかかりましたが、勝利することができました。近年は、うつや心の病で休職した労働者の職場復帰のために組合が大きく関わっています。

 

《ねばり強く交渉を重ねた結果、大きな成果が》

 

 2017年の春闘要求では、2018年4月に施行される非正規無期転換制度を実効あるものにするよう要求しました。金融の職場はパートや嘱託職員なしでは回らないのが現実です。そのパートさんたちが安心して働けるように、無期転換制度の内容を早めに提示するよう求めるとともに、「誰でも無期転換できること」との要求を掲げ、団体交渉を行いました。

 

 春闘では5回の団体交渉を行いましたが、回答にはもう少し時間かかるとの返事でした。この間、組合として道労連の無期転換制度学習会に参加、金融労連北海道地協の主催で学習会を実施しました。パートや嘱託職員が多く働く北洋銀行事務センターや北海道銀行事務センターの地下鉄駅周辺で、何度も学習会のビラまきを行いました。講師には北海道労連の黒澤幸一議長(現・全労連事務局長)が来てくれました。

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北海道労連・黒沢幸一議長(現・全労連事務局長)による学習会の様子

 

 秋闘でも無期転換制度の制定を強く要求しましたが、回答は得られませんでした。ところが、12月になって銀行から「3年で自動的に無期雇用にする」と法律を上回る回答を得ました。

 

 これにより、全道でパート職員1300人嘱託職員400人雇用の安定が図られました。直ちに職場の掲示板に大きくビラを貼りました。職場のパート職員からは「これで安心して働ける」「『仕事がなくなった』といつ言われるか不安だったが、安心した」と喜びの声が届いています。

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 少数組合ではありますが、今後も労働条件を守るために奮闘する決意です。

 

( 月刊全労連2018年6月号掲載 )

 

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#最低賃金 を引き上げると雇用は減ってしまうのか?最賃引き上げの恩恵を受けるのは誰か?米国シンクタンクの調査から考える。全労連国際局長 布施 恵輔

最低賃金引き上げで雇用も賃金水準も改善 米国シンクタンクの調査から

 全労連国際局長 布施 恵輔

 

《労働者の危機に何が必要なのか》

 

 昨年の米国・民主党の大統領候補選びの際には、最低賃金や貧困対策もテレビ討論会のテーマになりました。2020年3月中旬からの新型コロナウイルスの感染拡大以降、米国でも集会などの制限が拡大し、ニューヨークなどの感染拡大が深刻な地域では経済活動も深刻な打撃を受けました。全米各州で外出禁止となり、不可欠サービスに従事する人を除いて仕事も休みになっています(2020年4月時点)。

 

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FIGHT FOR $15の集会でスピーチするカマラ・ハリス氏 

引用:https://fightfor15.org/2020-candidates-stand-with-workers/

 

 世界的な大流行を示すパンデミック世界保健機関(WHO)が2020年3月13日に宣言して以降、グローバル化した世界経済は大きな影響を受け、労働者の雇用や賃金、労働条件にも大きな影響が出ています。ILO(国際労働機関)は、最悪の場合、2020年末までに2470万人が世界で失業するという第一次推計を発表していました。

 

 本稿では、今回のような危機においても、特に影響を受ける低賃金で不安定な雇用で働く労働者の生活を支える上でも重要な、最低賃金の引き上げがどのように賃金水準に影響したのか、米国のシンクタンク=経済政策研究所(EPI)の研究をもとに、近年、州や都市単位での最低賃金引き上げが続く米国の現状について考えます。

 

《最賃引き上げの恩恵は低賃金労働者に》

 

 米国の50州のうち、2019年最低賃金を引き上げたのは23の州ワシントン特別区(DC)です。州の法律によるもの、州民投票、あるいは最低賃金の引き上げをインフレと連動させていることによるものなど、引き上げの理由はいくつかあります。しかし共通しているのは、最低賃金引き上げをしていない州に比べて低賃金労働者の賃金上昇が高いという点です2018年から19年の間に最低賃金が引き上げられた州の労働力人口は、全米比で55%になります。引き上げは最も小さいアラスカ州の5セント(0.05%)から、カリフォルニア、マサチューセッツ、メインの各州の1ドル(9.1%から10.0%)まで様々ですが、確実に賃金引き上げにつながっています。

 

《確実に低賃金労働者に賃上げが》

 

 米国の労働者の収入階層別に比べると、10段階に分けて低い方から10%の層の労働者で比べると、当然ですが引き上げのなかった州の労働者の層よりも引き上げ幅が大きくなります。最賃引き上げのあった地域での引き上げは4.1%(男性3.6%、女性2.8%)で、引き上げのない地域の0.9%(男性0.7%、女性1.4%)に比べ、賃金引き上げの幅は大きくなります(図参照)。

 

 

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ここまではある意味で最賃引き上げの当然の結果と言えます。問題は、最低賃金の引き上げが低賃金労働者以外の層では恩恵があったのかという点です。この点で、先ほどの10段階の中位に当たる下から4番目(40から50位の層)と上から3番目(70から80位の層)の数値で比較すると、40‐50位の層では最賃引き上げのあった州では0.7%の上昇、引き上げのなかった州では2.1%の上昇でした。下から70‐80位の層では、引き上げのあった州で1.5%の上昇、引き上げのなかった州では2.4%の上昇となっています。

 

 このことから、収入の階層で中位や比較的高い層では最低賃金引き上げの直接の恩恵はない、あるいは少ないと思われます。しかし少なくとも低賃金労働者の賃金引き上げは最賃引き上げによるところが大きいことがわかり、低賃金労働者にとって一般的な賃金引き上げ政策よりも最賃引き上げが有効であることを示しています。

 

《連邦最賃水準との格差は年収で26万円以上に》

 

 低賃金労働者の賃金水準でみると最賃が引き上げられた州で上昇しているだけでなく、平均賃金の差も分かっています。最賃引き上げを実施した州では下位10%の層の平均で時給10.98ドル(2019年)となっていますが、引き上げをしていない州の平均は9.80ドルにとどまっています。フルタイムに換算すると、この差は年間で約2500ドルになります。

 最低賃金を州レベルで引き上げることの重要性は論を待ちませんが、時給7.25ドルしかない連邦最低賃金が適用されている州での引き上げは特に求められています。連邦最賃は10年余り全く変更されていません。

 

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引用:https://fightfor15.org/congress-it-is-past-time-to-raise-wages-for-nearly-40-million-workers/

 

 この連邦最賃引き上げが女性労働者に特に恩恵があることも分かっています。労働力人口の中では男性が多いのですが、引き上げの恩恵を受けるのは58.3%が女性となっています。そして、低賃金労働者が多くいるアフリカ系アメリカ人(黒人)労働者にも恩恵が大きくなると推計されています。連邦最賃が15ドルになると、黒人労働者の38.1%が賃金引き上げになります。

 これらの労働者が低賃金で働いていることの反映でもあり、直接的に賃金、労働条件を改善する手段として有効であることがわかります。

 

最低賃金を引き上げても失業率は下がらない》

 

 EPIの調査では労働条件や雇用についても述べています。米国では雇用数が拡大傾向が続いていたため全体として失業率がわずかに減少している傾向がありますが、失業率について最賃を引き上げた州、引き上げていない州で比べると、わずかに最賃を引き上げた州で失業率の減少が大きくなっています(-0.3%と-0.2%、図参照)。

 

 

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 人口に対する雇用数の割合を示す雇用人口比でも、最賃を引き上げた州のほうが雇用が拡大しており+0.4%となっていますが、引き上げのなかった州では+0.3%です。差はわずかですが、少なくとも最賃の引き上げによって失業率が増える、あるいは雇用が減少するということは米国では起こっていません

 

 この調査の発表後急速に米国でも新型コロナウイルスの感染が拡大し、労働者の雇用と労働条件を守るための労働組合による運動が始まっています。ILOはこの危機の中で社会的保護・社会保障が機能することが重要だとよびかけています。失業給付などと共に、人間らしい労働を支える最低規準が今こそ必要です。

 

 米国の中でも組合などの運動が強い州と、進んでいない州での最低賃金の格差が広がっています。危機の中でこそ役割を果たす全国一律の最低賃金と、その大幅引き上げが求められています。

 

( 月刊全労連2020年5月号掲載 )

 

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