ポスト・コロナの労働政策と労働組合の対抗軸
全労連雇用労働法制局長 伊藤 圭一
安倍政治の継承を公言し、「自助・共助・公助」、「規制改革に全力」との方針に掲げて登場した菅前政権は1年で退陣を強いられることになった。コロナ対策の拙劣さや弾圧的政治姿勢、利権との癒着、選挙買収事件疑惑、モリカケ疑惑などに批判があがるなか、自民党は「路線転換」をはかり、岸田文雄氏を首相に担いだ。岸田政権は臨時国会で衆議院を解散、本稿は21年10月31日の総選挙を目前とした情勢下で書いている。
選挙結果により、労働政策の方向性には大きな変化が生じうる。とはいえ、経済界の要望を最優先にした労働政策・労働立法は、選挙期間中も止まることなく着々と進められている。労働法制の改悪を阻止し、私たちの要求にそった労働政策を実現するため、留意すべき当面の課題をあげておきたい。
昨年に続き、経済界と政府は「フェーズⅡの働き方改革」の推進を掲げている。その労働政策の基本は「多様で柔軟な働き方」の実現(月刊全労連2021年4月号参照)ということだが、当面の具体的な内容は、「骨太方針2021」(6月18日閣議決定)などに明らかにされている。
①裁量労働制の制度の在り方の見直し
②メンバーシップ型からジョブ型の雇用形態への転換
③兼業・副業の普及
④選択的週休3日制度の普及
⑤フリーランスの普及促進
これらの課題と並行して
⑥感染症対策で拡大したテレワークの普及
⑦雇用流動化による産業構造転換の推進、それをサポートするためのマッチング事業と職業訓練・リカレント教育の促進
が打ち出されている。
(1)裁量労働制、その他の柔軟で自律的な働き方を可能とする労働時間制度
裁量労働制の適用対象と要件の見直しについては、現在、厚生労働省の「これからの労働時間制度に関する検討会」で審議されており、2022年通常国会に法案が提出される見通しである。2018年の「働き方改革国会」では、法政大学の上西充子教授が「発見」した、裁量労働制の実態に関わる虚偽データ問題(裁量労働制のもとで働く労働者の実労働時間が一般的な労働者より短いとされた)により、安倍首相は陳謝の上、企画業務型裁量労働制の対象業務の拡大にかかわる法案部分を撤回する事態に追い込まれた。
その際の国会答弁や付帯決議を受け、今回は実態調査を設計から丁寧に行い、調査結果をふまえた議論をすることとなった。その際、「一般の労働者よりも、裁量労働制適用労働者の方が長時間労働にみえるのは、裁量労働制の効果ではなく、対象業務が繁忙だからではないか」との発想に基づき、今回の調査対象は、裁量労働制が適用される業務・職種に限定し、制度適用労働者と非適用労働者を比較する手法がとられた。
調査結果をみると、裁量労働制適用労働者の労働時間は、同種の業務に就く非適用労働者より週平均で2時間長く、深夜労働や持ち帰り残業の頻度が高い上、過労死ラインで働く人が14%いることがわかった。また、8割が週40時間を超えて働いているにもかかわらず、残業代見合いの性格が強い「特別手当」が払われていない人が、専門型で49%、企画型で36%もいた。
また、「みなし労働時間」が何時間であるかを認識していない労働者が企画業務型で3割、専門業務型で4割もおり、裁量労働制の基本的な要件が守られていないことや、実労働時間についての労働者の回答が事業所の把握より上回るズレが生じており、健康福祉確保措置の運用に問題が生じている可能性がうかがえた。調査対象は労働基準監督署に労使委員会の議決を提出するなど手続きを守っている「優良事業所」とそこで働く労働者であるが、それでもこの体たらくである。
また、調査結果によれば、裁量労働制適用の労働者でも、「業務の目的、目標、期限等の基本的事項」や「具体的な仕事の内容・量」は会社・管理監督者が決めており、業務遂行の期間や労働時間の総量に係る裁量は、労働者に与えられていないことがわかった。裁量労働制適用労働者にあるのは、せいぜい業務の遂行方法や時間配分に一定の自己決定ができる程度の裁量なのである。他方、裁量労働制でない労働者をみると、使用者に労働時間管理義務を課したもとでも、一定の自己決定権を労働者がもち、働いていることがわかった。そのためか「裁量労働制の対象拡大」を望む声は、労働者のみならず、事業者においても多数とは言い難く、適用拡大や要件緩和の立法根拠は乏しいことが判明した。
結局、「裁量労働制実態調査」から言えることは、業務の遂行方法や時間配分についての一定の裁量を労働者に付与するために、原則的な労働時間規制の適用を外す必要はないことと、現行の裁量労働制において要件が守られていない事業所が一定割合あり、健康被害が発生している可能性があるため、規制強化が必要ということであった。
しかし、検討会に集められた学識者の多数は、裁量労働制の拡大に前のめりにみえる。例えば、労働法学者である荒木座長は、「労働時間の長短の議論にとどまらない幅広い視点も必要」と主張して「裁量労働制は長時間労働の温床」との批判をかわし、柔軟な働き方を進める意義を議論させようとしている。他の委員も、調査結果から、裁量労働制適用労働者の健康評価が非適用労働者とかわりない点¹や、労働時間は長めでも「裁量のある働き方で仕事の満足度が高い」等と解釈して裁量労働制に好意的であり、適用対象業務の拡大等へと議論が進む雰囲気が濃厚である²。
また、検討会ではまだ議論されていないが、論点には、「その他の柔軟で自律的な働き方を可能とする労働時間制度等」もあげられ、こちらも何が飛び出すか、要注意である。日本経団連は、21年1月に発表した「経営労働政策特別委員会報告」の中で、「新しい労働時間法制」という名称のもと、一定の健康確保を措置し、業務遂行の手段・方法を労働者本人に委ねることを要件として、「働く場所・時間帯をすべて本人に委ねる」労働時間法制を実現すべきと打ち出している。健康確保措置の内容は、四半期ごとの医師の面接指導、複数月で長時間労働になった場合の除外、労使委員会による就労状況のデータでの確認と改善の審議、健康や仕事の成果についての相談窓口の設置などで、それらを満たした場合、「時間外労働に対する割増賃金支払い義務が免除される法的効果を付与する」べきとしている。対象者の勤続年数要件や年収要件はなく、「すべての働き手が適用対象」としている。例えば、採用の場面で、この割増賃金規制適用除外への合意を条件として提示されたら、拒否できない労働者が多数でるだろう。労働時間規制の適用除外制度の導入は阻止する必要がある。
政府や財界、御用学者がいう「働きやすさ」を高める措置には、長時間労働、未払い残業の合法化、健康破壊、そして家族的責任の発揮を阻害し、ジェンダー平等社会の実現をはばむことにつながるネタが仕込まれている。労働基準法の改悪を許さず、裁量労働制の規制強化と指導の厳格化、11時間以上のインターバル規制の義務化、上限規制の適用を猶予されてきた自動車運転者の改善基準告示の改善、医師に適用される過労死ラインの2倍の上限と高度プロフェッショナル制度の撤回、1日の労働時間規制の強化と、さらには法定労働時間の削減(1日7時間労働制)を実現すべく、運動を強める必要がある。
(2)ジョブ型雇用
「ジョブ型雇用」は、厚生労働省の所管する「多様化する労働契約のルールに関する検討会」において、テーマのひとつとして議論されている。これは「多様な正社員」の雇用形態を指す言葉で、職務限定だけでなく、勤務地限定の雇用を含むとされ、検討会での議論の中心は、勤務地変更(転勤)の有無の問題を軸として行われている。
一般論として、労働条件において、転勤の有無や転勤の場合の条件の明示を使用者に義務付けることは、使用者に合意内容を遵守させるために役立つといえる。また、職務の明確化は、融通無碍な業務の拡大や応援だし等の指揮命令を防ぎ、労働者の権利を守る側面もある。しかし、経済団体の代表や経営者サイドの法律家は、「正社員層をどのように仕分けて活用していくかは企業の人事権に属する」と主張し、労働基準法上による就業規則への必要記載事項に勤務地限定や職務限定を入れることや、労働条件明示義務の強化には反対している。ここからも、「ジョブ型雇用」において、使用者側が意図しているのが、労働者保護の強化や、労働条件を明示することでトラブルを避けよう等ということではないことがわかる。
使用者側の狙いは何かといえば、第一に、解雇規制の緩和である。現在であれば、ある事業や部門が閉鎖された場合、会社は解雇を回避し、他の業務や事業所での雇用努力をつくすべきことが判例法理によって求められる。使用者側は、この法理を崩すため、職務や事業所を限定した解雇しやすい労働契約を普及させようとしているわけである。
狙いの第二は、無期転換した労働者を、職務限定もしくは勤務地限定雇用とすることで、他の正社員との待遇格差を合理化し、均等均衡待遇確保の抜け道をつくることにある。これは、後述する「無期転換ルールの見直し」議論にもかかわるもので、無期転換した労働者の待遇改善をはかるべき、との労働者側の主張を封じる手段としようというものである。
狙いの第三は、労働法の規制からは外れる話となるが、個別企業内の賃金体系の変更である。勤続や経験によって今なお平均としてみれば右肩上がりをしている正規雇用の賃金カーブを、職務給要素で抑え込み、かつ、職務・業務の達成度合いに関する成果・業績評価の要素を高めて労働者の待遇を個別化し、労働組合の交渉による集団的賃金決定の影響力を排除しようとしている。
解雇規制緩和と賃金の抑制、待遇格差の拡大の道具立てとしての「ジョブ型雇用」論については、法改正プロセスにおける取り組みに加え、職場における対応の強化が必要である。
(3)副業・兼業
コロナ禍による残業の減少や休業による賃金減額によって、労働組合のある職場でも、労働者の側から副業・兼業を求める声があがっている。若手を中心に副業をはじめるケースも出ており、各労働組合では、副業の危険性(長時間労働による健康障害、労災の多発等)への注意喚起はもとより、本業における仲間との団結強化を呼びかけている状況である。
この課題については、周知のように、政府は副業・兼業の普及促進に向け、既に多くの手を打ってきている。2018年1月には、厚生労働省は「モデル就業規則」の「副業兼業禁止規定」を削除し、副業・兼業容認の内容に書き換えた。当時はまだ、副業兼業の解禁に消極的であった日本経団連も、人材ビジネスと足並みをそろえて推進に転じている、2020年9月には「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が改訂された。「労働時間の通算制度」(労働基準法第38条。複数の会社との契約で働く労働者の労働時間を通算)は、「労働者の事前自己申告」要件が記され、行政による事後の指導監督が、労働者の未申告を理由として及ばなくなる工夫が施された。また、簡便な労働時間管理の方法(管理モデル)が策定され、副業先との合意であらかじめ時間外労働を措定し「固定残業代」を払う方法が準備された。さらに政府は副業・兼業について「使用者の指示による副業」の場面を「出向の一形態とみて合法とする」と解釈し、職業安定法違反の指摘を回避した(条件は「健康確保措置を実施することが適当」などという弥縫策である)。
昨今の使用者は、雇用する労働者に対して、他社で働くよう指示を出すことに前向きとなり、政府はそれに追随して制度整備や解釈変更を進めている。また、副業・兼業を認めている企業の多くは、「雇用でない副業に限り許可する」との就業規則をもっていることから、労働者のフリーランス化も進みかねない。少なくとも、早急に副業・兼業ガイドラインを再改定し、使用者発意での副業・兼業の活用は止めなければならない。
(4)テレワーク
テレワークについては、感染防止や通勤時間の解消の視点から、労働者の側にも支持する意見がある。しっかりとした労働組合が会社と協約を結び、一般的な8時間労働規制のもと、客観的方法による労働時間の把握・記録を徹底させ、私生活と仕事との境界を曖昧にしないことや、自宅を就労場所とする経費の使用者負担、プライバシー保護、監視の禁止などの運用ルールを守らせるのであれば、制度を必要とする労働者に対し、一定の「働きやすさ」を保障する施策にもなりうるだろう。
しかし、経済界がテレワークに求めているのは、オフィス運用コストの労働者への転嫁と労働時間規制の有名無実化である。この間、大手企業も続々と都心のオフィスを撤収・縮減し、通勤費用相当のわずかな手当てと引き換えに労働者に経費負担をさせている。一方、労働時間については、「みなし労働時間制」により、割増賃金の支払い義務を免れることや、労働時間の管理責任を労働者に転嫁して過労死などがおきても雇用責任をとらないようにすることが狙われている。ただし、今の裁量労働制には対象業務や手続き要件があるため、上述したとおり、それを崩す法改正を進めつつ、もっと簡単な「事業場外みなし」制度を認めるべきと主張し、21年3月に制定されたテレワーク・ガイドラインに取り入れさせてしまった。
本来、事業場外みなし制は、携帯電話のない時代の外回りの営業職のように「労働時間を算定し難いとき」に適用されるもので、テレワークのように端末の回線が常時接続され、メールも携帯電話も使える場合は、労使の連絡も労働時間の算定も容易なケースでは制度の適用は不可能なはずである。ところが、厚生労働省は、労働組合や法律家の反対意見を押し切って、経済団体の要望を丸のみしたのである。
さらに同ガイドラインでは、使用者の労働時間把握義務をも緩和してしまった。「自己申告された労働時間が実際の労働時間と異なることを客観的な事実により使用者が認識していない場合には、申告された労働時間に基づき時間外労働時間の上限規制を遵守し、かつ、同労働時間を基に賃金の支払い等を行っていれば足りる」としたのである。テレワークでは、事業場での働き方以上に長時間労働となる上、未払い残業が横行することがアンケート調査などからわかっている。それにもかかわらず、長時間労働に係る使用者責任を軽減するガイドラインが策定されるとは、今の日本の厚生労働省の任務放棄ぶりには、深刻なものがある。早急にテレワーク・ガイドラインも再改定をはかり、労働時間の原則的な適用と使用者責任の確認をさせなければならない。
(5)選択的週休3日制
選択的週休3日制を導入する企業が出始め、政府は「骨太方針」の中に、その普及方針を取り入れた。これは労働法制として、なにかを変えるものではなく、企業の実践を促す宣言である。導入パターンとしては
①所定労働時間を減らし、それに応じて給与を減らすタイプ
②勤務日を減らす代わりに1日の労働時間を延長し、週の総労働時間は同じとするタイプ
③所定労働時間を減らしても給与は変えないタイプ
があるとされている。しかし、既に導入している企業の事例をみると、みずほフィナンシャルグループやヤフーのような①給与減額タイプか、東芝や佐川急便、ユニクロのような②労働時間は減らさず、週休3日制とするタイプが多い。①のタイプの狙いは、いうまでもなくリストラ・人件費削減である。産業構造の変化でリストラを模索していた企業が、コロナ禍を契機として、導入している。②のタイプは、変形労働時間制をとって、1日8時間の労働時間規制(時間外割増賃金支払い)を取り払う契機としている。
発信源である、自民党の1億総活躍推進本部は、その狙いとして、「育児・介護などのワークライフバランスの充実、副業・兼業の推進と副業による中小企業や地方企業、自治体への人材供給・地方創生」をあげている。育児や介護が必要な労働者、副業や自己研鑽をしたい労働者の中には歓迎の声もあるようだ。しかし、既にふれた副業・兼業政策の呼び水であることや、1日単位の労働時間規制(生体リズムの維持)の破壊、リストラの一環、未払い残業や休業手当の支払い義務逃れという企業側の狙いや効果があることを周知し、安易な導入や選択をしないよう、職場での対策に留意し、労働者に注意を呼び掛ける必要がある。
以上、「フェイズⅡの働き方改革」について、政府は「多様で柔軟な働き方を選択でき、安心して働ける環境を整備する」ための政策だと主張している。しかし、現実に先駆的な企業が実践している内容と照らし合わせてみれば、政府の表向きの言い分とは異なり、さらに過酷な「働かせ方改悪」を進めるものであることがわかる。起きているのは、使用者が本来負うべき労働法上の義務を軽減し、使用者の必要に応じて調達でき、いつでも切ることができる低コストで、働かせ放題の労働力を産み出している、という事実である。
幸い、コロナ禍を契機にして、あらためて、日本の労働者の状態をどうみるべきか、光が当てられている。アベノミクスの恩恵は、労働者に届いたのか?という視点である。周知のとおり、自民・公明長期政権のもとで進められてきた労働政策の結果、日本の労働者の賃金は世界からみて異常な抑制をうけ続け、所得水準はOECD(経済協力開発機構)諸国の動向とは逆行し、年々低下してきた。その背景に差別的な待遇で働く非正規雇用を増やし、正社員と同等の業務を担わせるなかで、正社員の賃金も抑制するという経営戦略がある。その結果、コロナ禍による1ヵ月程度の休業で、貧困状態に陥ってしまう溜めのない労働者があふれるように出てきてしまう状況となった。一方、労働者の収奪によって、大企業の内部留保は年々増加し、富裕層は金融資産で潤い、日本社会における格差はより拡大している。
こうした状況をさらに悪化させる「フェイズⅡの働き方改革」を阻止し、労働者保護法制の拡充と、適用対象の拡大(フリーランス保護)を図る必要がある。
2.労働者保護法制の強化を~俎上に上っている課題
次年度は、裁量労働制の対象業務の拡大・手続き要件緩和等を内容とする労働基準法の改定や、無期転換ルールの見直し(使用者側は法改正阻止の構え)、解雇の金銭解決制度の導入(労働契約法)などが政府の立法課題とされている。
他方、労働者の立場で積極的に改正を求める課題として、労働時間規制の強化、シフト制契約労働の規制強化、休業手当に係る法整備、精神疾患に係る労災認定基準の見直し、ハラスメント規制の強化、雇用によらない働き方をめぐる労働者保護法制の適用と強化などがある。
労働組合は、労働法制の改悪を阻止し、労働者保護を強化するための法改正を実現する立場で、下記の課題にかかわる運動を強める必要がある。
(1)無期転換ルールの見直しと「同一労働同一賃金」の法整備
「労働契約法の一部を改正する法律」(2013年4月1日施行)により、有期労働契約について「無期転換ルール」等が導入されて、8年が経ち、現在、「多様化する労働契約のルールに関する検討会」において制度の適用状況と見直しに関する審議が行われている。
無期転換ルールは、「有期労働契約の濫用的な利用を抑制し労働者の雇用の安定を図る」趣旨で導入されたが、現実には法の目的は達成されていない。5年を前にした雇止めが横行し不安定雇用が蔓延しているし、無期転換ができた場合でも、賃金・労働条件は従前の有期契約で働いていたころと変わらず、しかもフルタイム労働者が無期転換した場合は、パート有期労働法による均等・均衡待遇規定の適用からもはずれ、待遇格差が放置される問題が起きている。そのため、無期転換の機会があっても、対象者の7割は申請しないのが現実である。
そもそも有期契約の濫用的利用を抑制する趣旨からすれば、有期契約の繰り返し更新を5年も放置すべきではない。有期契約は、臨時的・一時的業務に就く労働者に限定する「入口規制」を確立し、無期転換ルールの期間も短縮することや、脱法的雇止めの横行に対し有期労働契約の不更新条項の規制をいれること、無期転換後の待遇改善に資する均等均衡待遇規定の適用がなされるよう、労働契約法、労働基準法を改正する必要がある。
(2)解雇の金銭解決制度
解雇権濫用により解雇無効とされた場合でも、金銭を払えば労働契約の解消を認める制度の創設がもくろまれている。厚生労働省は「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」において2018年以来、議論を重ねており、日本経団連からの要求も固まるなか(「2020年版経営労働政策特別委員会報告」)、取りまとめの段階にはいった。政府は「成長戦略フォローアップ」(21年6月18日)において、「労働移動の円滑化」をはかるため、同制度の法技術的論点を2021年度中を目途に取りまとめ、労働政策審議会で審議するとしている。この制度は労働者救済のためだ、などという表現もされるが、政府の政策枠組みで、産業構造転換促進に向けた「労働移動促進のための解雇の金銭解決」とされているように、狙いは明白だ。解雇を簡単に、大量にできるようにしたいということである。
2022年度中に法案の動きがでるとみて、反対の運動を展開する必要がある。ただし、現在検討中の内容は、無効な解雇の対象となった労働者側に、労働契約解消金の支払いを請求できる権利をあたえ、解消金を受領した場合に雇用関係が解消される仕組みとされている。本当の狙いである「解雇をした使用者側からの申立てによる金銭解決」は先送りされたため、解雇されても泣き寝入りしてきた不安定雇用労働者からは歓迎の声が上がる可能性があるし、政府はそういう宣伝を仕掛けてくる。解消金の相場を予め低めにおいて算定可能とし、解雇権を濫用しても金で解決できる仕組みをつくれば、解雇自由社会をもたらすおそれがあることを、どれだけ労働者の間に広げられるか。解雇自由に反対しつつ、もともと雇用が不安定である非正規で働く労働者の解雇・雇止めに関する救済制度の提案も検討する必要がある。
(3)シフト制契約労働の規制強化
コロナ禍のもと、いわゆる「シフト制契約」で働く労働者に対し、使用者が一方的にシフトをカットすることで休業手当の支払い義務を免れ、形式的には雇用を維持しながら事実上の解雇をするといった手法が横行した。使用者側はシフト制契約について「日々雇用の一種」とみなし、社会保険の未加入が広がっていることも発覚した³。労働組合の相談活動から、問題は発覚し、当事者の組織化と告発の運動が実って、政府にも問題意識を植え付け「調査・研究」するとの対応までは引き出したところである。
規制の仕方としては
①労働基準法15条1項「労働条件明示義務」に「下限労働時間・最低保障労働時間・最低保障賃金」を加え「ゼロ時間契約」を規制すること
②同法施行規則において明示事項化し行政指導を強化すること
③労働基準法89条の就業規則の必要記載事項に最低保障労働時間等を追加すること
④ハローワークの求人票に①の記載を義務付けること
⑤社会保険逃れの短時間労働の濫用対策として雇用保険加入要件(労働時間)を下げること
⑥EUの「透明で予見可能な労働条件指令」にある過去の労働実績をもとにした「推定」による休業手当の支払い義務を課すこと
等、必要な立法措置を研究して政府に提起し、実現させる必要がある。
(4)休業手当の在り方の改善
休業手当の支払いについては、労働組合の力により、民法第536条第2項にもとづく全額払いを実現できている労使もあるが、労働基準法第26条に基づく6割しか支払わない使用者が多い。この金額はあまりに低く、労働者の生活の支えにならない。コロナ対応の休業支援金・給付金の金額水準を下回る金額となるため、休業手当を受けて後悔したと語る労働者がいるほどであり、改善が必要である。さらに労働基準法第12条では賃金総額を暦日で割って計算している一方で、第26条の休業手当計算の際には実労働日数で支払うとされるため、その時点で賃金は3分の2に減らされ、さらに6割とされることで、支払いは賃金総額の4割未満となってしまう。これには多くの労働者が怒りの声をあげている。労基法第26条の6割以上の規定を8割等に引き上げ、最低賃金を下回ることのないように最低額の基準を設定すること、さらには、同法第12条の平均賃金日額の計算方法と第26条の支払い日数に整合性を持たせるような法改正を行うよう、引き続き、政府に働きかけ、実現させなければならない。
(5)雇用によらない働き方への「保護法制」の整備
厚生労働省の2017年時点での把握では、店舗等を持たず、従業員を常時雇用しない個人事業主は367万人、うち発注者からの委託を受け、個人で役務を提供し報酬を得る「雇用類似就業者」は228万人とされる。しかし政府はそれをさらに増やそうと、2018年制定の労働施策総合推進法のなかに、請負業務委託による就業も含む「多様な働き方」の普及を国の目標と置いて様々な手を打ってきた。2020年には高年齢者雇用安定法の中に65~70歳の労働者を委託就業へと促す「創業支援措置」を創設し、21年には創業支援による高齢フリーランス、芸能関係者、アニメーター、柔道整復師、ITフリーランス、自転車による運送業務従事者に労災保険の特別加入を認める環境整備もはかった。
フリーランスの取引状況は厳しく、書面の未交付、低額報酬、一方的な仕様変更や期日変更、報酬の支払遅延・減額・未払い等、様々なトラブルに見舞われている。そこで、厚生労働省は、「客観的に労働者性が認められず、自営業者である者のうちでも、労働者と類似する者」(雇用類似就業者)を対象として、「保護ルールの整備」を行おうと、2017年から19年にかけて、有識者の検討会をおこなった。しかし、その検討にはブレーキがかけられたのか、検討会は尻すぼみでおわり、2021年4月に内閣官房が主管となって「フリーランス・ガイドライン」をまとめた。そこには「雇用類似」概念は採用されず、労働者性が認められないフリーランスの契約上のトラブルは、独占禁止法や下請代金支払遅延等防止法等の競争法の適用によって解決するものとされ、労働法による保護は、現行の労働者性判断基準において労働者と認められる場合に限るものとされた。厚生労働省は、労働者保護の範囲は従来どおり狭くとったまま、労働者の「外側」にいる「雇用類似」就業者に一定の保護をかけようと模索したが、その発想は却下され、一部の業種に労災保険の特別加入を認めるにとどめられたようにみえる。
雇用労働者とほぼ同様の業務・職種で働くフリーランスが、なんらの保護法制もかけられず、増えていくことは、労働法に穴をあけることに等しい。そうした問題意識から、全労連は、労働者性概念の見直しにより、フリーランスの相当部分に労働者保護をかけることを求めている。今年は労働者性を認める範囲を広げるための制度改善闘争とあわせ、コロナ禍での苦境をとおして、要求の声をあげはじめたフリーランスに対し労働組合として、権利確保を支援する取り組みを行いたい。
(6)化学物質のリスク評価の在り方の見直しへの対応
化学物質管理について、政府は「自律的管理にまかせる方向」を打ち出している。現在、有害性の高い物質についての対応は、国がリスク評価を行い、特定化学物質障害予防規則、有機溶剤中毒予防規則、鉛中毒予防規則、粉塵障害防止規則等の対象物質に追加し、曝露防止のために講ずべき措置を、国が個別に法令で定めるという仕組みである。この方法では、危険な物質を認定してからの対策で、常に後手に回り、死亡事故を追いかける対応となってしまうため、今後は国が、化学物質についての個人の暴露濃度の管理基準を決め、危険性・有害性に関する情報を伝え、事業者がその情報に基づいてリスクアセスメントを行い、曝露防止のための措置を自ら選択して実行する「自律的な管理」へと見直す方向が打ち出された。しかし、同時に、有機溶剤規則、鉛中毒規則、粉塵等規則などを、5年後に廃止していくと打ち出したのである。現行制度に問題点があるとはいえ、自主管理任せは危険であり、対応策を研究し、政府の方針を変えさせる必要がある。
終わりに
コロナ禍における雇用不安の広がりと「総選挙」における政策・公約の洗い出しという契機は、多くの労働者に「労働政策」の大切さを意識づけることになった。このチャンスを、私たちは活かさなくてはならない。
働くものが大切にされるジェンダー平等社会の実現。AIやIT技術を、労働者を支配し収奪する道具ではなく、労働者の生活向上、働きやすさのために使う社会の実現。公務公共サービスはじめ、社会の維持に不可欠なエッセンシャル・ワークに従事する労働者の待遇改善と定員増、採用増を実現する社会。委託・請負が典型労働となる格差と貧困拡大社会ではなく、安定した雇用と「8時間働けばだれもが人間らしくくらせる社会」の実現を求めて、職場や地域での運動を強め、仲間を増やす一方で、法制度要求を掲げて政府に迫りながら、諦めることなく、政権交代による労働者本意の政治の実現を呼びかけ続けようではないか。
1 健康状態についての質問は、対象労働者の多くが問題なしと回答している。しかし、職場の現実からいえば、賃金やキャリア、退職勧奨まで連動する人事考課制度が入れられている企業の労働者は健康不安を言い立てないのは常識である。裁量労働制適用労働者においては、実労働時間がいかに長時間であっても、会社には過少申告し、健康福祉確保措置の対象になるのを避けるのが実態である。調査はこうした職場の現実を考慮した設計になっていない。
2 中には労働者保護法制のあるべき視点と実態をふまえた意見も出さている。藤村委員は、①割増賃金支払い逃れのために裁量労働制を導入する使用者がいることや、②使用者の提案に過半数労働組合や労働者の過半数代表は対抗できず、同意要件が機能しない現実があること、③アンケートでも約1割の労働者が裁量労働制の想定から外れた働き方をさせられていることなどを指摘。うまくいっている労使ではなく、問題事例に着目して歯止めをかける議論をすべきと述べている(第1回検討会7月26日)。
3 この契約形態は、通常の業務下では、直前にシフトを組むことで労働者に無給の待機を強制するオンコールワーク問題も発生させており、欧州でも規制が行われている。
( 月刊全労連2021年12月号掲載 )
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