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#最低賃金 を引き上げると雇用は減ってしまうのか?最賃引き上げの恩恵を受けるのは誰か?米国シンクタンクの調査から考える。全労連国際局長 布施 恵輔

最低賃金引き上げで雇用も賃金水準も改善 米国シンクタンクの調査から

 全労連国際局長 布施 恵輔

 

《労働者の危機に何が必要なのか》

 

 昨年の米国・民主党の大統領候補選びの際には、最低賃金や貧困対策もテレビ討論会のテーマになりました。2020年3月中旬からの新型コロナウイルスの感染拡大以降、米国でも集会などの制限が拡大し、ニューヨークなどの感染拡大が深刻な地域では経済活動も深刻な打撃を受けました。全米各州で外出禁止となり、不可欠サービスに従事する人を除いて仕事も休みになっています(2020年4月時点)。

 

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FIGHT FOR $15の集会でスピーチするカマラ・ハリス氏 

引用:https://fightfor15.org/2020-candidates-stand-with-workers/

 

 世界的な大流行を示すパンデミック世界保健機関(WHO)が2020年3月13日に宣言して以降、グローバル化した世界経済は大きな影響を受け、労働者の雇用や賃金、労働条件にも大きな影響が出ています。ILO(国際労働機関)は、最悪の場合、2020年末までに2470万人が世界で失業するという第一次推計を発表していました。

 

 本稿では、今回のような危機においても、特に影響を受ける低賃金で不安定な雇用で働く労働者の生活を支える上でも重要な、最低賃金の引き上げがどのように賃金水準に影響したのか、米国のシンクタンク=経済政策研究所(EPI)の研究をもとに、近年、州や都市単位での最低賃金引き上げが続く米国の現状について考えます。

 

《最賃引き上げの恩恵は低賃金労働者に》

 

 米国の50州のうち、2019年最低賃金を引き上げたのは23の州ワシントン特別区(DC)です。州の法律によるもの、州民投票、あるいは最低賃金の引き上げをインフレと連動させていることによるものなど、引き上げの理由はいくつかあります。しかし共通しているのは、最低賃金引き上げをしていない州に比べて低賃金労働者の賃金上昇が高いという点です2018年から19年の間に最低賃金が引き上げられた州の労働力人口は、全米比で55%になります。引き上げは最も小さいアラスカ州の5セント(0.05%)から、カリフォルニア、マサチューセッツ、メインの各州の1ドル(9.1%から10.0%)まで様々ですが、確実に賃金引き上げにつながっています。

 

《確実に低賃金労働者に賃上げが》

 

 米国の労働者の収入階層別に比べると、10段階に分けて低い方から10%の層の労働者で比べると、当然ですが引き上げのなかった州の労働者の層よりも引き上げ幅が大きくなります。最賃引き上げのあった地域での引き上げは4.1%(男性3.6%、女性2.8%)で、引き上げのない地域の0.9%(男性0.7%、女性1.4%)に比べ、賃金引き上げの幅は大きくなります(図参照)。

 

 

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ここまではある意味で最賃引き上げの当然の結果と言えます。問題は、最低賃金の引き上げが低賃金労働者以外の層では恩恵があったのかという点です。この点で、先ほどの10段階の中位に当たる下から4番目(40から50位の層)と上から3番目(70から80位の層)の数値で比較すると、40‐50位の層では最賃引き上げのあった州では0.7%の上昇、引き上げのなかった州では2.1%の上昇でした。下から70‐80位の層では、引き上げのあった州で1.5%の上昇、引き上げのなかった州では2.4%の上昇となっています。

 

 このことから、収入の階層で中位や比較的高い層では最低賃金引き上げの直接の恩恵はない、あるいは少ないと思われます。しかし少なくとも低賃金労働者の賃金引き上げは最賃引き上げによるところが大きいことがわかり、低賃金労働者にとって一般的な賃金引き上げ政策よりも最賃引き上げが有効であることを示しています。

 

《連邦最賃水準との格差は年収で26万円以上に》

 

 低賃金労働者の賃金水準でみると最賃が引き上げられた州で上昇しているだけでなく、平均賃金の差も分かっています。最賃引き上げを実施した州では下位10%の層の平均で時給10.98ドル(2019年)となっていますが、引き上げをしていない州の平均は9.80ドルにとどまっています。フルタイムに換算すると、この差は年間で約2500ドルになります。

 最低賃金を州レベルで引き上げることの重要性は論を待ちませんが、時給7.25ドルしかない連邦最低賃金が適用されている州での引き上げは特に求められています。連邦最賃は10年余り全く変更されていません。

 

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引用:https://fightfor15.org/congress-it-is-past-time-to-raise-wages-for-nearly-40-million-workers/

 

 この連邦最賃引き上げが女性労働者に特に恩恵があることも分かっています。労働力人口の中では男性が多いのですが、引き上げの恩恵を受けるのは58.3%が女性となっています。そして、低賃金労働者が多くいるアフリカ系アメリカ人(黒人)労働者にも恩恵が大きくなると推計されています。連邦最賃が15ドルになると、黒人労働者の38.1%が賃金引き上げになります。

 これらの労働者が低賃金で働いていることの反映でもあり、直接的に賃金、労働条件を改善する手段として有効であることがわかります。

 

最低賃金を引き上げても失業率は下がらない》

 

 EPIの調査では労働条件や雇用についても述べています。米国では雇用数が拡大傾向が続いていたため全体として失業率がわずかに減少している傾向がありますが、失業率について最賃を引き上げた州、引き上げていない州で比べると、わずかに最賃を引き上げた州で失業率の減少が大きくなっています(-0.3%と-0.2%、図参照)。

 

 

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 人口に対する雇用数の割合を示す雇用人口比でも、最賃を引き上げた州のほうが雇用が拡大しており+0.4%となっていますが、引き上げのなかった州では+0.3%です。差はわずかですが、少なくとも最賃の引き上げによって失業率が増える、あるいは雇用が減少するということは米国では起こっていません

 

 この調査の発表後急速に米国でも新型コロナウイルスの感染が拡大し、労働者の雇用と労働条件を守るための労働組合による運動が始まっています。ILOはこの危機の中で社会的保護・社会保障が機能することが重要だとよびかけています。失業給付などと共に、人間らしい労働を支える最低規準が今こそ必要です。

 

 米国の中でも組合などの運動が強い州と、進んでいない州での最低賃金の格差が広がっています。危機の中でこそ役割を果たす全国一律の最低賃金と、その大幅引き上げが求められています。

 

( 月刊全労連2020年5月号掲載 )

 

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